3章:確執
「許さぬぞ、サータジリスッッッ!!」
憎しみを込めて、水流の民の王、ゼーンは言った。
「それは妾の台詞だ。よくも、我がカーマインをッッッ!!!」
火竜サータジリスは半狂乱になって、声を裏返していた。その姿はヒトに限りなく近いが、赤いタイトなドレスをまとった彼女の首筋、そして背中には、鱗が見て取れた。
「そのカーマインが私の娘、セリーンを殺したのだ!」
その言葉に、サータジリスは、その銀の瞳をくわっと開き、爬虫類の目のように、虹彩を縦に細くした。
「その不埒な娘がカーマインをたぶらかねば、あの子は今も、ここに居るのだ。お前の娘が、カーマインをッッッ!!」
その瞳から、涙のような液体が滲み出ていたが、怒りと憎しみに狂った表情と、その人のものからかけ離れた瞳は、見る者に、それが涙だと認識させるのを難しくさせていた。
「お前は、いつもそうだ。妾から大事なものを奪っておいて、打ち捨てる。あの晩も結局、ヒトでない妾を・・・」
半ば、放心状態になったような顔をして、サータジリスはつぶやいた。
「あの晩?あの晩裏切ったのはお前の方ではないか!」
ゼーンは、サータジリスの発言をその態度で取り消させるが如く、大きく腕を振った。
「何を世迷事をっっ!!」
サータジリスにカッと憎しみの表情が戻る。
その輝く瞳に、ゼーンは目を細めた。それは、苛ついているようにも、愛しげにしているようにも見える。
「もう良い。お前と私。互いに相入れぬ。終わりにしようではないか。すべて。」
静かに、ゼーンは告げた。
「それも良いだろう。カーマインの弔いに、お前の命と、お前の一族を、根絶やしにしてからであれば。」
挑戦的に、サータジリスはその鋭い指先をゼーンの方向に向ける。
ゼーンはその瑠璃色の瞳を、一度サータジリスに向けて、逸らし、失笑した。
「それならば、私はお前の一族を根絶やしにしてから、眠りにつくとしよう。だが、その前に一つだけ聞こう。」
そして初めて、ゼーンはその身体をサータジリスの正面に向けた。
「サータジリスよ。何故、これまでずっと中立だったにも係わらず、先の戦いで、火竜の一族はヒトに加勢したのだ?」
その瞳は初めて、真っすぐに、彼女を見据えた。
「さて、な。お前とは相入れぬ、この血統に、この身体に染み付いた本能がそうさせるのかもしれぬ。お前は水を愛し、私は炎を愛する。ただ、それだけだ。」
サータジリスはその豊かな胸の前で、拳をぐっと握り締めた。
「そうか。そうであるなら、私も私であるが故に、お前と戦おう。娘の一族の恥辱を、その血で雪いでくれようぞ。これで、私もようやく、お前と決別できるというものだ。」
互いの恐ろしげな台詞は、だが、どこか空虚な響きを持っていた。
やがて、二人の姿は、夜の闇に溶けた。
最初から、そこには誰も、居なかったかのように。
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「リュ、リュミエールと、ですか・・・。」
仕事虫にしては珍しく、命令に対して返事が鈍い。
「ああ、すまないが。」
首座の守護聖はさりげなく失礼なことを言う。聞き捨てならないので、
「私とですと、ジュリアス様には、何か済まない事がおありですか?」
にっこりと、嫌みを返しておく。
「あ、ああ。いや。そういう訳ではないのだが。いや、ルヴァに同行させようと思ったのだがな。やはり時期が時期だけに、できるだけ小人数で行って欲しいのだ。」
珍しく言い淀んでから、尤もらしい理屈を付け加えられる。
「小人数の方が宜しいのでしたら、これくらいの調査。俺一人でも行けます。」
こちらを一瞥もせず、ジュリアス様の執務机に乗り上げるかの勢いでオスカーは言った。全く勇ましいことで、と私は内心舌を出す。仕事が減るのは吝かではないが、今回ばかりは事情が違う。
「いえ、私のサクリアも深く関係しているのでしょう?一人で行けとおっしゃるなら、私を一人で行かせてください。」
二人が目を丸くして息を飲む気配がした。何もそんなに驚かなくても。光と炎の守護聖は、普段から余程私を怠け者扱いしているらしい。自分ではクラヴィス様よりはいくらか仕事熱心なつもりなのだが。
まあ、こちらも、「では一人で行け」となろうものなら、面倒なことこの上ないが、この場合そうはならないだろう。
コホン、と咳払いしてから、首座殿が厳しい顔付きで予想通りの反応を返す。
「いや、この場合、二人で行くのが最も効率が良いのだ。調査は客観性にも配慮して、二人以上で行うのが原則であるし。既にタスクリストと、スケジュールを作成させてある。とはいえ、臨機応変に、できるだけ最短の日程で帰還して欲しい。」
手渡された資料を私は早速確認しながら、チラリと隣に立つオスカーを盗み見る。彼も、苦虫を噛潰したような顔をしつつも、書類をペラペラとめくっている。
すんなり行けば、まる二日。移動を前後半日と考えて、所要時間は三日程度だった。問題は、行く先の文明レベルがかなり低いので、衛生面や生活面で、かなり苦労を強いられそうだということくらいだ。有り体に言えば、トイレがない。水がない。宿屋がない。などの状況が考えられるということだ。
私の方は、あまり苦に感じない状況だ。オスカーに至っては、士官学校に行っていたなら、サバイバルの訓練がきっとあったはずだ。足手まといにはならないだろう。
「やはり、リュミエールは外した方が。お前、野宿なんて無理だろう?」
心底馬鹿にしたような笑みで、オスカーはこの部屋に入って初めて、私を見た。
「野宿なら得意ですが?貴方こそ、サバイバル訓練くらいはあったでしょうが、お坊ちゃん育ちには苛酷な状況ではありませんか?私は道中で泣き言を聞かされるのは真っ平ですね。」
挑戦的に見返して、鼻で嗤ってやった。
「なんだとっ?!」
誰の前にいるのかも忘れて、オスカーが喧嘩を買いかけ、胸倉を乱暴に掴んで私の身体を引き上げようとする。
「服が攣れる。単細胞もいい加減にしてもらいたいですね。」
そこで、はぁー、と、深いため息を付きながら、首座殿は眉間に皺を寄せ、そこに長い指をかけて、緩く頭を振った。
芝居染みた動作だが、この人がやると何故か様になっている。どこかの大根役者とは大違いだ。
「す、すみません。ジュリアス様っ。」
掴んだ手をぱっと離して、一度姿勢を正し、オスカーはペコリ、と頭を下げた。何故こうも相手によってコロコロ態度が変えられるのか。本当に嫌な男だ。まあ、私とて、人のことは言えたものではないが。
「良い。誰にでも相性というものはある。しかし、任務は任務だ。しっかりとやって、帰還せよ。頼むぞ。」
主にオスカーだけを見て、首座殿は締めくくった。誰にでも、というのは自分とクラヴィス様の事か?もしそうなら、それは相性の問題ではないと思うが。
「はっ!」
今度こそ、歯切れのよい返事が応えた。
「執務室に準備した機材などを届けておいた。各自早速確認して、今日の夜から出発せよ。良いな。」
「はっ!」
隣で敬礼でもしそうな男に、呆れた一瞥をくれてやって、私は右足を軽く下げて、せいぜい恭しく頭を下げた。
先に立って部屋を出たオスカーは、私が執務室を出るや否や、くるり、と振り返って人差し指で私の鼻先を指した。
「任務は任務だ。お前と二人で出張なんざ、悪夢だが。足をひっぱるなよっ!」
顔が近い。自分がどんな挑発をしているのか分かっているのだろうか?一瞬、このままここで押し倒してやろうか、と妖しげな衝動が私を襲う。
「ようやく、まともに口を聞きましたね?」
これまでの鬱憤を込めて、その薄い色の瞳を睨み上げた。不本意に違いないが、ぐっと息を飲む気配が伝わってくる。
チッと、小さく舌打ちして、その顔をそらすと、
「今夜7時に出発だ。遅れるなよっ!」
こちらの返事も聞かずにマントを翻して、男は捨て台詞を投げた。
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くそっ、とイライラする気持ちが挙動に滲み出てしまう。案の定、バンッと乱暴に扉は閉まった。
ようやく執務室に戻っても、苛立った気持ちは収まる気配がない。
さっさと残った仕事を終わらせて準備しないと間に合わん。
落ち着け、と自分に言い聞かす。
「オスカー様。爪を噛むならともかく、指を噛まないで下さい。」
部屋で待機していたのか、リョウが呆れた声で俺に言った。言われて、はっと親指の先を口元から離す。意味もなくグルグル歩き回っていた足も止めて、俺は盛大にため息をついた。
「やっぱり、身の周りに女性がいないと、俺の性格はだらしなくなる一方だ。」
普段、見栄を張っている訳ではないが、ジュリアス様みたいな尊敬できるタイプの人か、女性に側にいてもらわないと、油断し過ぎて俺はこのまま幼児退行を起こしそうな気がする。
「人のせいになさらないで下さいよ。それより、ジュリアス様のご用件は?」
お前も減らず口を叩くようになったな、と肩をすくめつつ、
「出張だ。それも今日の夜から。2日行程を目安に、できるだけ早く戻れとのことだ。」
短く言う。
「その様子だと、一緒に呼び出されたリュミエール様もご一緒ですか。」
苦笑しながらリョウは口元を手で軽く隠した。隠しても目が笑ってるから意味ないぞ、それ。
「ご名答。」
賞品がわりに、右手で拳銃を作って、リョウに一発見舞ってやった。
執務机に回り込んで、俺は椅子の背もたれに背中からどさっと体重をかける。パン!と、両手で頬を強く叩いて、むりやり脳みそを仕事モードに切り替える。
「デスクワークは4時半までに全部終わらせる。リョウは出張用の準備を頼む。俺もデスクワークをやっつけ次第そっちにかかる。」
「アイアイサー。」
俺は早速、出張用の資料をデスクの端っこに置いて、積み上げられた書類の束の一つを取り上げた。ふと、大事なことを思い出す。
「あ、そうだ。今回の視察先は、多少ワイルドにいかなきゃならんらしい。サバイバル可能な装備がジュリアス様からこっちに届いてるはずだ。確認しておいてくれ。」
「サバイバル?」
「文明レベルがE以下らしい。ヒトが住んでるだけマシってもんだな。」
それまでどこか気楽な雰囲気だったリョウが、一変してこっちを真剣に見ている気配がした。そんなに驚くほどの事でもないが。
「レベルE?!ま、さか、異様に生存環境が厳しかったり、凶暴で巨大なヒト食い動物がいたり、なんていう危険はないですよね?」
青筋でも立てそうな勢いだ。
「護衛なしで行くんだ。そこまで危険じゃないだろう。資料をざっと確認したところ、水の調達が大変な区域があるくらいだった。動植物で危険な種がいるって話も出てない。問題ないさ。」
未発達な惑星に護衛なしで守護聖様を派遣するだなんて・・・とぶつぶつリョウは文句をいっている。
俺は、それまで書類から離さずにいた視線をリョウに向けて、
「あのなあ!これまで何度も王立研究院の連中だって視察に行ってるんだぞ。俺はガキじゃないんだ。しかも、ジュリアス様の決定だ。危険なんかない!」
台詞に合わせて書類を机に叩きつけてやる。
「す、すみません。準備にかかります。」
姿勢を正して、言われ、こちらは逆にバツが悪くなる。
「ああ、いやすまん。こっちも言い過ぎたかもしれん。何せ一緒に行く奴が行く奴だからな。危険と言えばアレくらいだ。」
フン、と俺はリョウから視線をそらした。そうさ。アイツと一緒に行くって事だけさ。問題は。あー、考えたくない!
「俺が一緒に行ければ、全力で守って差し上げますのに。リュミエール様がご一緒ってことは、どっちかっていうと、オスカー様が護衛みたいなものですものね。」
と、さっきの愚痴の続きのように言った。
「はは、気持ちだけで有り難いぜ。」
にっと笑ってやると、リョウは一瞬はっとしたように、こちらを向いた。あー、いや、と照れたように顔を赤らめて、頭を掻いてから、すみません、ともう一度頭を下げる。今度こそ仕事を始めるらしい、宅配物の処理ボックスに向かって歩きだした。
ま、実は俺が守る必要もないと思うがな、奴の場合。と俺は小さく息を吐いた。嫌いな男の腕っ節を必要もないのに褒めるのは俺の主義に反するので特に言わないが。
俺も一度、目頭をぐっと指先で押さえてから、今度こそ、書類に目を落として、それを真剣に読み始める。
とにかく、仕事を終えて、さっさと戻ってこよう。
俺が今考えるべきことは、それだけだ。
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ガガガガッガガガガガッガガッガッガガガッッ!!
得体の知れない音を立てながら、カートは土の固まりを跳ね上げて進む。
振動で内蔵がおかしくなりそうだな、こりゃ、と俺は酔わないように、行く先を睨みつけた。
「流水と荒野の惑星」とはよく言ったもので、惑星は、乾燥しきって、地下水が出なければヒトが住むことも出来ないような荒野がただひたすら続く地域と、沼地と川で密林状態になっていて、ヒトが住めない地域に分断されている。ヒトが住んでいるのは「荒野」の方だ。俺達は惑星に降り立ってすぐに、里から少し離れたところから、旅人を装って、その文化で唯一の高速移動手段のカート(インパラに似た生物2頭に牽かせる。リアカーを大きくしたようなもの。)とやらに乗って、里で聞き込みを行うことになっていた。
何故か運転したいとかいいやがった水の守護聖は、御機嫌でインパラに似た生物「サイード」とやらを駆っている。動物に鞭を加えるなんて・・・とかトンチンカンな同情をし始めると思っていた俺は、些か毒気を抜かれてしまう。
奴は、いつもは下でまとめている髪を女性のするポニーテールのように、後ろの高い位置でまとめていて、そのせいで、いつもより少し若く見える。「超」のつく、御機嫌で乗り物を操縦をなさっている今は、その表情のせいもあるが。
服装はといえば、さすがに、いつものズルズルで来る訳にいかなかったのだろう、相変わらず軽そうな布の服ではあるが、色はカーキと黒の中間くらいのクソ色で、長袖、長ズボン。袖口はすべてボタンできゅっと閉められている。
それを見て、ふーん、野宿が初めてじゃないってのは、本当なのかもな、と俺は思った。
まあ、靴がブーツじゃなく、布を巻き付けた上から紐で固定してるみたいなミョウチキリンな仕様なのは、よくわからんが。
俺は普通に迷彩服で、少し丈の長い革ブーツだ。至って普通。
奴はこのイデタチで俺が現れた時、「つまらない男ですね、相変わらず。」と目を細めて吐き捨てやがった。
俺にウケ狙って出張の服装決めろってのか?いったい何を考えているんだか。
それにしても、と周りを見回す。本気で何もない。ただただ、だだっぴろい荒野が続くだけ。行く先に集落っぽいものが見えるだけ。しかも、それは周りのただ延々と続く荒野から、部外者扱いされているような不自然さで、ぽつん、とあった。
「今にも死滅しかかっている惑星」というのはどうやら本気らしい。10年、20年の微小な単位で死滅してもおかしくなさそうだ。少なくとも、それくらいの単位でヒトは死滅しそうだ。(注:今更ですが、聖地の時間もここの時間や、距離の単位なども、すべて地球換算で翻訳していると考えてください。)
「いつ、ヒトが絶滅してもおかしくないって感じですね!」
振動音に負けないくらいのデカイ声で、リュミエールが叫んだ。
「舌噛むぞっ!黙ってりゅっっっ〜〜〜!!!」
俺は声にならない悲鳴を上げて、口を押さえてうずくまった。リュミエールは少し怪訝な顔をしたあと、事情に思い当たったのか、ニヤリ、と不敵な笑みを見せた。
くそったれ、と叫びたかったが、同じ轍は踏みたくない。俺は堪えて、体を固定するために掴んでいるカートの縁を握り締めた。
全く、先が思いやられる・・・。俺は頭を振った。
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その町?村?つまり集落は、20世帯ないくらいの小さなものだった。王立研究院の資料によると、集落はここだけらしい。つまり、この惑星にはこの20世帯以外にヒトはいないってことだ。
つまり・・・もう無理だろ。俺は集落を見回して思った。
「救いようがない、って感じですね。何故ジュリアス様は今なら間に合うと思ったのでしょうかね?」
唯一の荷物であるナップザックを背負って、集落のメインストリートらしい道を歩きつつ、隣にいたリュミエールが俺の思っていたことを言った。
「ジュリアス様が間に合うと思ってらっしゃるということは、何かあるってことだろ。」
口が勝手にフォローを入れる。言ってから、そうだ、何もないってことはないだろう、と俺は思い直した。
「それなら仮説なりなんなり、資料に記載するのでは?」
いつもの挑戦的な口調ではなく、呆れたようにリュミエールは言った。それも、確かに、そうなんだが。
土作りの家が並んでいるが、ヒトの気配はない。
「とにかく、誰かに話を聞こう。」
目立たないように耳の中に忍ばせた温度探知機から送られてくる、画像をチェックしようとして俺は額の上に上げていたサングラスを降ろした。生体反応はそれぞれの家にちゃんとある。少しほっとして、
「家の中にはちゃんとヒトの気配があるぜ。」
と言った。
「なければ困りますよ・・・。さすがにここからでは話し声の解析まではできませんね。」
リュミエールも同じく耳に仕込んだ機材に指をやった。奴の付けているのは、音と振動用。悔しいが、奴の方が耳はいいから、俺がつけているよりは頼りになる。ああ、いや、俺の方が動体視力等の、その他の体力測定結果は全然、かけ離れて、抜群に、良かったんだが。無論。
それぞれ、左耳に探知機をつけて、右耳には互いの状態を知らせるためのトランシーバが仕込まれている。危険はない、なんて仰ってた割りには意外と本気仕様だな、と俺はそれらを見たときに思った。
いや、こういうのは実は嫌いじゃないんだが。
「こういうのもたまにはいいですね。ゼフェルが聞いたら俺が改良する、とかいって分解し始めそうですが。」
ニッと口の形だけで笑って、リュミエールが言う。
「まあな・・・しかし、酒場はさすがにないか?何を口実に入る?水でも分けてくれって?」
「ここで、酒場を期待するとは。まあ、そんなところでしょう。奥から年配の女性の話し声がする。この家はどうです?」
俺達は、一つの家に狙いを定めて、その入り口(といっても扉はない。)の前に立った。
「ごめんください。」
リュミエールが大きめのボリュームで、だが落ち着いた声で、奥にむかって声をかける。それから、俺をちらっとみて、サングラスを上げろ、と指で合図する。あ、そうか。忘れていた。あわててサングラスを頭に追いやる。
「ど、どなた、ですか?」
若い女性・・・いや、ほとんど少女の声だ・・・が、家の中央から、こちらを向いて返事をしている。
「すみません。旅のものですが、お水を、少しだけ分けていただけないかと思って。」
両手を広げて、何ももってないよ、という仕草をして、優しげな笑顔をリュミエールはふわり、と浮かべた。俺は「よっ!二重人格!」と、その「ステキ」な笑顔に舌を出した。
ぎゅむっと思い切り足を踏まれて、俺も仕事に戻る。
「お嬢ちゃん、驚かせたなら、悪かったね。水、もらえないかい?無理なら、他をあたらせてもらうよ。」
俺は少ししゃがんで、お嬢ちゃんから見える位置に顔を持っていった。いかにも素朴な感じで、麻のような植物を編んで作ったような簡素な服を来た少女は。年の頃は17、8歳にみえる顔をこちらに向けて立っていた。
しかし、俺の正真正銘、素敵な笑みすら、彼女には通用しないらしい。膝を震わせながら、少女はそこから動かない。
「ど、どこから・・・どこからきたの・・・。」
その瞳には、怯えだけでなく、異形のものを見るような、色が交じっている気がした。俺達は顔を見合わす。宇宙から、なんて言っても信じてもらえるはずもない。
そうか、ここしか集落がないんだったら、旅人っつーもんがいるってのも、かなり珍しいはずか。この反応はそのせいか?だが、はぐれてたヒトが集落のメンバーに加わるとか、なかったのか?これまで一人も?
「森の方からですよ。」
リュミエールは、にこっと笑って言った。が、これはどうやら逆効果だったようだ。
「や、やっぱり・・・水流の民?なの・・・?」
少女は絶望的な表情を見せて、奥に駆けていってしまう。
おいおい。一体なんだってんだ。俺はしゃがんでた腰を元に戻して、後ろに反らした。
「水流の・・・民?」
リュミエールは片方の眉を怪訝そうにぐっと上げて、俺を見上げた。
「お前の親戚かなんかか?」
俺は笑って聞いた。
「いえ、いやきっと関係無いですよね?」
何が?と聞こうとしたところで、奥から年配の女性が現れる。腰がだいぶ曲がっていて、その小さな身体を余計小さく見せている。その後ろに、おそるおそる先程の少女が付き添っていた。
「旅の方。お水をご所望だそうで・・・」
消えいるようなかすれ声で女性は言った。ついている杖が、ふらふらと頼りなく不規則に傾いでいる。後ろに付き添っている少女は、俺達が怖いためか、そんな様子にも関わらず、少し離れたところから怯えるように俺達を見ている。
女性は、そんな彼女には構わず、ぐらぐらとおぼつかない足取りで俺達に近づいて来る。がくっと杖がその腕から外れたのをみて、俺はたまらず、
「危ない!」
と、その身体を抱きとめてしまった。勝手に部屋に入ることになってしまったが、緊急事態だ、仕方があるまい。
少女は俺が突然動いたことに吃驚したのか、ひっっと変な声を上げて、後ろにのけぞっている。
「そこのお嬢ちゃん、俺達を気味悪がるのは勝手だがな?年長者をほったらかしにするのは感心しないぜ!」
俺は少しだけ自分の声に怒気がこもってしまうのを感じつつ、言った。
「驚かして、ごめんなさい。」
ぺこり、とリュミエールはすっかり気圧されて動けなくなっている少女に済まなそうに頭を下げて、
「いくら心配だからって、勝手に家に上がり込んだのは貴方ですよ、オスカー。人に説教してないで、まずはちゃんとお詫びしてください。」
女性を抱いて床に膝をついている俺を上から見下ろして高圧的に言った。まあ、そうなんだが・・・。と俺は思いつつも、なんでそんなに態度が高圧的なんだよ、お前は!と思わずにいられず、ぐっと唇を噛み締める。
「ほっほっほっほ。私の事で喧嘩なさるのはお止めください。私は大丈夫です。リンも、おいで。大丈夫じゃ。この人達は、危険ではないぞ。」
腕の中で、女性がよっこらせ、と身体を起こそうとする。その手を取って、身体を起こすのを手伝うと、
「こちらに来てください。お水を差し上げましょう。」
と、手を掴まれたまま、家の奥に誘導される。身長差に、俺はかなり腰をかがめつつ、後ろを振り返ってOKサインを出した。
リュミエールは一度肩をすくめてから、後に続く。
ダイニングに案内された俺たちは、岩盤を足を入れる部分だけ溝状にくりぬいて作られた座席に座らされ、水を出された。
丁寧に礼を言って、この先も僕たちは旅を続けるつもりだ、などと簡単に自己紹介した。
「おばあさんは、ここで生まれた方ですか?」
おそらく、態とだろう。多少フランクな口調でリュミエールは切り出した。
「はい。そうです。私が生まれた頃は、もう少しこの村にも活気があったと聞いておりますが、今となっては・・・。」
「小さくなってしまったのですか?失礼ですけれど、何故です?」
「村の衆を集めれば、すぐにお分かりになることですが・・・、この村では女が圧倒的に多いのです。男子が生まれても、すぐに死んだり、子がなせぬ男だったりと、子が増えませんで。」
「昔は、多かったのですか?男性は。」
「いえ・・・昔からです。大昔からと、聞いております。絶対数の減少に伴って、とうとうここまで、と。」
俺達は再度顔を見合わせた。サクリアは行き届いているのに?彼女の言う大昔がどのくらい昔を指すのかわからんが、それにしても不自然すぎる。
「水流の民と、先程、そこの女の子、リンさん?でしたか・・・が私達を呼びましたが、それは、なんのことですか?」
この台詞に、俺は、意外とこいつ、仕事熱心だなーと感心していた。正直、ここまでこいつが仕事をするなんて思っていなかった。
「この子が呼んだのは、貴方のことです。ルミエールさん。」
静かに、一度、少女を見やってから女性は答えた。「リュミエール」は彼女にはどうやら言いにくいらしい。
「古い歌が、ありましてな。流れる水のような毛の色をした、水流の一族、というのが、森の方に住んでいる。そういう歌があるのです。伝説の類いですが。我々はこのままでは滅びるのを待つばかり。水流の民は恐ろしく、強く。我らヒトと激しい戦いの末に敗れた後は、滅亡したと・・・聞いておりますが。もしまだ生き残っているのであれば、むしろ我々を助けて欲しいと、私は思いますが。」
ふふふ、と自重気味に笑って、
「その歌に、オスカーさん、貴方のような方も出てきます。不思議ですな。その男は、燃えるような赤い髪で、ヒトの味方をするのです。」
お伽話を読み聞かせる時のような、優しい光りが、その女性の小さな瞳に灯った。
俺はいかにもお伽話らしい話だな、と思った。赤い髪と青い髪。水と炎か。単純で分かりやすいじゃないか。
俺達はしばらく沈黙した。
お前が聞いたんだろ?と俺がリュミエールをちらっと見やると、あいつは口元に指をあてて、ぼんやりしていた。肘でつついて正気に戻す。奴は、はっと正気を取り戻したかに見えた・・・が、正気に戻すはずが、何かおかしなスイッチを押しちまったらしい。
奴は突然歌い始めた。それは、いつか聞いたことのある歌の一節だ。
私は神から使わされた子 カーマインと申す
私の持つ炎の剣は どの軍をも蹴散らす力となり
必ずや あなた方に 勝利をもたらそう
「この歌・・・ですか?」
適当なところで歌い終わってリュミエールは、らしくもなく、少し興奮した調子で聞いた。
女性と少女は目を丸く見開いて、リュミエールを凝視している。
「え、ええ。それをどこで?」
リュミエールは下を向いて、言った。おそらく、軽率すぎたと少し反省しているのだろう。いや、奴に「反省する」という人らしい心が、もしあれば、の話だが。
「いえ。昔、人づてに聞いて、メロディが素敵だったので、覚えてしまったのです。」
これは本当の話だ。たしか、酒場みたいなところで聞いて、気に入ったので覚えた、と言っていた。つまり、その歌は、神話を元にした吟遊詩人の創作ではなく、実際はこの星の歌の完全なパクリだった訳だ。おもしろい偶然もあるもんだなー、と俺は思った。
が、
「ん?おかしくないか?それじゃあどんだけ昔にその歌があったことになる?」
俺は心で呟いたつもりが、声に出てしまって、焦った。
「あ、いや、すみません。今のはこちらの話です。」
あわてて頭を掻いて謝罪した。失態に、リュミエールから、冷たい嫌みな視線を覚悟して、ちらっと視線だけで確認すると、リュミエールもこちらに視線をさりげなく投げていた。そして予想に反し、意味深な顔でコクっとうなづいた。
あん?どういう意味だそれ?
思わず眉が寄る。
「ところで、この歌には神がでてきますよね?軍神の火竜とか、その使いとか。神様のための、神殿やなんかはないのですか?」
ちょっと、戸惑いがちに、女性は答えた。
「は、はい。それが・・・よくないことなのですが・・・昔はあったらしいのですが、今はどこにあるかよくわからないんです。3代前までは、今より北に井戸を掘って暮らしていたらしいので、その近くだとは思うのですが・・・。」
リュミエールは、なるほど、とうなづいてから、俺を振り返った。
「神殿を探してみましょう。どうせ私達は北へ行く予定だったのですし。」
にこっと笑いかける。話を合わせろって?
「ああ、そうだな。そろそろお暇するか。」
俺は席を立とうとした。そこで、女性から悲痛な声が上がった。
「お待ちくださいっっ。」
その必死な声に、吃驚して上げかけた腰をおろし、テーブルの上できつく組まれたその小さな手を上からやさしく包んだ。
「落ち着いてください。どうされました?」
精一杯、労りの念を込めてその女性をみつめる。と、
「ここで暮らしてください等と、我がままはいいません。ですが、この村の若い女たちに、お二人の情けをいただくことは叶いませんか。」
深く皺の刻まれた瞼の向こう側の小さな瞳が、だがしっかりと俺の瞳の奥を捉えた。この人は真剣だ。
つまり・・・?
俺とリュミエールは、互いの点になった目を見た。
しかし、俺より先にリュミエールが正気に戻った。
「民族の危機に、それを救おうと必死な貴方の気持ちには頭が下がります。けれど、さすがにそのような種付けだけして無責任に去るような真似は私達もしかねます。ねえ、オスカー?」
うーん。民族の危機を救う酒池肉林パーティはなかなか魅惑的だが、やっぱりここは、引いておくべきなんだろう。それに、考えたくはないが、悲しい事情でお役に立てなかったら申し訳ないし。
俺は知らず組んでいた腕を開いて、
「と、いうわけです。お役に立てなくて申し訳ない。」
俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、お詫びして、女性の手をもう一度握り、席を立った。
その様子に、喉で笑いながら、
「そんなに名残惜しいなら、貴方だけここに残ってもいいですよ?」
と、鼻頭に皺を寄せてリュミエールが言った。
こいつなら本気で置いて行きかねんな、と思いながら、
「いえいえ、ご遠慮なさらずに。どこまでもお供させていただきますとも。」
と、慇懃に返した。
そのやり取りを、座ったまま見上げていたその女性は、リュミエールをじっとみて、言った。
「・・・サビーナ様?」
サビーナって誰だったっけ。と俺は例のストーリーを思い出そうと、視線をくるり、と巡らす。リュミエールは、意外そうに、女性をじぃっと見返して、
「サビーナ?セリーンではなく?」
と無表情に聞いた。
その顔に、一瞬、ゾクッと何か、嫌な感じが俺の背中を走り抜ける。
「いえ、なんでもありません。気が向いたら、またおいでください。お水でも、食料でも、寝る場所でも、御手伝い致しますから。」
フリフリと、なにかを振り払うように女性は頭を振ってから、にこり、とこちらを見上げた。その瞳には、諦めと、これからこの世を去る者の覚悟が宿っている気がして、俺は「なんとか、ならんのかな。この星・・・。」と、改めて思っていた。
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「おい。寝床借りてから出発した方がよかったんじゃねぇか?」
テントを張りながら、俺は言った。
「オスカー、あなた馬鹿ですか?」
呆れたようにリュミエールは言う。
「あのまま、あそこで宿なんて借りたら、朝起きた時には、素っ裸で転がされてますよ。精気という精気を全部抜かれてね!」
カリカリした様子でリュミエールはゆるめていた袖口をきちっと巻直している。おそらく、寝ている間に虫が服の中に入るのを防ぐためだ。
「あんな妖怪チックな女の手をよくもまあ何度も握りますね。ったく。人間の本能的な危険回避能力がないんじゃありません?」
俺は手を止めて、その腕をぐっと掴んだ。
「おい。良くしてもらった人のことをそんな風に言うのは止せ。」
掴まれた腕には全く頓着する様子もなく、
「最後の話、聞いてなかったんですか?あの人は私達をせいぜい精子バンクぐらいにしか思ってませんね。」
「良く見ろ」あるいは「目視確認せよ」というジェスチャ、つまり裏ピースを作って自分の両目を指し示した後に相手の目をその指で指す仕草を、リュミエールが苛ついた表情でやった。そのまま、裏ピースを俺の目の前にかざす。
訳すと、「目ん玉入ってんのか、ファッ○野郎」ってとこか?
「お上品な事で。」
俺は舌を出しながら、同じ意味の中指一本立てる方をやってやって、馬鹿馬鹿しくなって、掴んでいた手をぞんざいに離した。
まあ、時間もあまりないし、今日中に移動を少しでもしておく意味はあるんだが・・・
「おい。ありそうか?」
俺は張り終わったテントの入り口の布をまくって、中で早速ザックの中から地下の様子を音波探査する機材を取り出して、解析を始めてるリュミエールに声をかける。
リュミエールは、唇をなめながら、目を瞑って天井に顔を向けている。
「んー。それらしい反応はないですね。地下水脈っぽい雑音ははいりますが。」
神殿の手掛かりはナシか。見つかれば確かに何か収穫がありそうだが、ほんとに見つかるのか心配になってきた。
「アナログで無理なら、聖地に連絡いれて外から場所探してもらうか?」
俺の提案に、奴はぱちっと、目を開いて、着けていたヘッドフォンを取ると、外していた耳に入れるタイプに付け替えた。
「いや。なんでしょう。なんとなく、明日になれば見つかる気がするので、いいですよ。あっちの方法は、やるとなったら結果が出るまでかかる分、長引きそうですし。」
俺は中に入って、天井につけた蓄電式のライトの光量を調整しつつ、
「気がするってのは何なんだ。根拠は?」
と、聞いた。
「ですから、なんとなく?」
「なんとなく、ねぇ。」
きゅぃ、と寝られるくらいの暗さに調整し終わって、見えにくくなった奴の顔をぼんやり見た。
くすっ、と小さく笑う音がして、
「長引かせたいなら、お付き合いしますが?」
と、含み笑い。
「馬鹿言えっ!早く終わるに越したことないだろ!!明日になって、見つかりませんでした、じゃあ聖地に連絡、が最も時間かかるだろ?だから俺は・・・っ。」
「しっ!」
口元にいきなり人差し指が伸びた。
「狼狽えないでください。分かってますよ。明日の朝イチで4キロほど移動して、それでも見つからなかったらすぐに連絡を入れましょう。」
言いながら、リュミエールはまとめていた髪をほどいた。乱暴な手つきで、ばさばさと、ほんの少し癖のついた髪を片手でほぐしている。
なんか知らんが、随分張り切ってるな。お陰で俺は出番なしだ。
「おい。あの歌。最初から最後まで、簡単にストーリーを確認させてくれ。もう忘れちまった。」
寧ろ足をひっぱっているかもしれん。このままじゃ。
「いいですが。結構長いですよ?寝る準備をしましょう。今日わかったこと、報告書にでもまとめるんでしょう?その間に私も話の要点だけ頭で整理しますから。」
それはお前が寝てからやろうと思ってたんだがな、と思いつつ、
「わかった。すぐにまとめる。」
手を振って返事をする。
結局その日は、報告資料と、その添付資料として、リュミエールの整理した話も文書にしてまとめてから、睡眠を取ることにした。
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『知っているぞ、お前の望みは・・・』
また、あんたか。一体何なんだ。いちいち重苦しい声出しやがって。
『お前の、望みは・・・』
俺の顔よりでかい瞳が、すっと眇められる。中のコバルトが、妖しく、だが美しく光を放つ。
それに気を取られていると、そのでっかい爪のついた、俺の身長の2倍はあろうかという腕が、こちらにぬっと伸びてきた。
「うわっ!!」
逃げようと、必死に泳いだにも関わらず、俺は間抜けな悲鳴と共に、その腕にあっさり鷲掴みにされる。
いてぇっっっ!!!爪が食い込む!骨が折れるっっ!!
「や・・・めっ・・・」
ギリギリと食い込む爪の感触が骨まで到達する。急激な圧迫感に、がはっと胃の中身が飛び出した。息が、できな・・・
『善いか?』
何を馬鹿な・・・
『こうして、手折られたかったのだろう?』
意識が吹っ飛びかかっているのに、やけにその白い竜の瞳の中身が、はっきりと見える気がする。瑠璃色の中の、夜の帳のような、瞳孔が。
「がっっっぁっっっ!!」
肋骨が折れる感触。更に締め上げられて、それが肺を傷つけたら・・・
『良い音だ・・・お前の矜持が、手折られる音は・・・』
その声が笑いを含んでいる気がして、自分の頭に、なけなしの血が上るのを感じる。
『このまま・・・・喰ろうてやろう?その肉が、我が体内で一片残らず、溶けてなくなるまで・・・・』
全身の骨が容赦なく砕かれる感覚に、俺は自分の痛覚が遮断される音を聞いた気がした。
代わりに、五臓六腑の奥底から何か生暖かいものが込み上がってくる。それは、みるみる足先や指の先まで満ち満ちて、俺の全体を支配する。
甘い・・・・痺れ・・・・
また、コレか。いつも俺を追い詰める・・・・
『・・・スカー・・・・』
うるさい、やっと楽になったとこなんだ。
もう放っておいてくれ・・・・
『オスカー!』
「オスカー!!」
肩を揺すられて目が覚めた。覗き込まれている。誰に?
「リュミエール・・・・」
ってお前に決まってるか。寝て地獄、起きて地獄だな、こりゃ。
無理やり身体を起こすと、ありえないくらい身体が強ばって、冷えている。
「すごい魘され方でしたよ?こっちが寝ていられないくらいに。」
心配している声の調子だが、言ってる台詞はただの文句だ。
目の前にぬっと出された小さな水筒を受け取って、一口飲んだ。
「ジュリアス様に、説教でもされる夢ですか?」
笑いを含んだ声。
その声が、夢での感触を鮮やかに思い起こさせる。俺は、自分の両肩を抱いて、ぐっと引き寄せた。どうやら、まだ消化されてはいないようだ。ほっと息を吐き出して、それから。
「ククッ!」
笑いが思わず喉から漏れる。
「どうしました?」
手を地面について俺の横顔を覗き込んでいる奴がいる。その息遣いが肌に伝わった気がして、俺はうんざりした。
「勘弁しろよ・・・・」
絞り出すような掠れ声が出た。
「俺は、これ以上、お前の狂気に付き合わされるのは真っ平だっ。」
吐き捨てるような声だった。
ピク、と奴が反応するのが分かる。
「・・・・・・・・・・・・・勝手なことを。」
長い沈黙の後、向こうも絞り出すような声で言った。
「最初に引っ掻き回したのは・・・貴方でしょう?」
「最初に引っ掻き回したのは、お前だ。お前が覚えてなかったとしてもな。」
結局、こんなつまらない言い合いをする羽目になる。
「やめましょう。下らない。」
はっと、息を吐き出すようにして、言われた。
ああ、全くだ。
「気分が悪い。さっさと寝て、明日に備えなければ。」
ああ、全くだ!
寝袋をばさっと被って勢いよく奴が寝床に潜る。
こっちは後味が悪くて寝れそうもない。だが、無理矢理にでも寝なければ、奴の言う通り、明日が辛いだろう。
少なくとも、横になって身体を休めなくては。俺は身体を寝床に引きずり戻す。
アレは、リュミエールだ。だが、お前じゃない。
そんなこと、俺だって分かってるさ・・・
俺は、それを認めたくないだけだ。
お前のせいにして、楽になりたいだけなのか?
だとしたら、手折られるまでもなく。
もう矜持など・・・
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「だから言ったでしょう、見つかるって。」
移動を開始してすぐ、リュミエールは予告通りすぐに地下に空洞の反応をみつけた。フフン、と鼻を鳴らしている。
おそらく、神殿跡だろうと、しばらく侵入方法を探していて、あっさり以前使われていたらしい井戸の跡も見つかって、どうやらこの地下の空洞が神殿であることが確からしくなっていた。
「しかし、どうやって入る?爆破でもするか?」
できない訳ではないが、神殿の中の重要な情報を傷つける訳にもいかない。
「井戸から入ったり出来ないですかね?地下水路とつながっているとか。」
ありえなくは、ないが。俺は井戸の回りを調べ始めた。もう井戸の残骸、とでも言うべきもので、ただの穴と言っても過言じゃない状態だ。縁の土を手でどけて、ロープなどを固定しやすそうな場所を探す。ふと、手の先に堅い感触がした。
「なんだこれ?」
俺がそれの上の土をきれいにどかしてやると、そこには手のひらほどの大きさの石が埋め込まれていた。よくみると、下手くそな竜の絵が彫り込んである。
ふと、影が差して手元が暗くなる。リュミエールが上から見下ろしているのだ。
「何でしょう?」
「しっかし、下手くそな絵だな。」
俺はその竜の模様をなぞる、と大した力も入れてないのに、その石がぐぐぐっと下に押し込まれてしまった。
あわててリュミエールを見上げると、その顔は珍妙な顔付きだった。驚きと戸惑いが混ざったような、と言えばいいだろうか。
が、その顔がさっと、真剣なものに塗り代わって、右耳にリュミエールが手をやった。
「・・・何かくるっ」
その顔が青くなっている。何かって何だよ!とこっちまで怖くなってきたところで、俺の耳にも異変が分かった。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・・
低い音。
「何の・・・音だ?」
ごくっと、俺達の喉が一度に鳴った。
「伏せて!!!」
奴はバッと地面に伏せた。
地震!?と一瞬思った。
「どひゃっ!!!」
「のぁっ!?」
俺の声も相当情けなかったが、奴のも大した違いはなかったと思う。
地割れだった。しかも、運の悪いことに、今俺達の立っている、まさに、そこが。
あわてて崩れ落ちる足元からジャンプして、割れた地面の縁にしがみつくが、俺のつかんだ部分は、薄情にもあっさりと周囲との結合を別つ。
ボロッッ
おいおいおい!!!
あわてて俺は空中で新たなとっかかりを探して手を伸ばす。落ちたら死ぬ!かどうかはわからんが、落ちたくない!
「オスカー!!」
リュミエールの伸ばした手に、俺の手首が掴まれた。
た、助かった。と思った矢先、
「すみません。駄目かも。」
こんなときまで、笑いを含んだ声で、奴は言った。
冗談だろ?
思い空しく、リュミエールの乗り上げていた箇所も崩れ落ちる。
マジかよっっっ!!
最後に頭をよぎったのは、全く意味のない台詞だった。
終
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