長すぎる雨



『お前が、新しい夢の守護聖か。』
『・・・・。』
『・・・?・・・どうした?俺の顔に何かついてるのか?』
『・・・いいえぇ、別に?』

馬上からアタシを見下ろす瞳に、予感がした。
とてつもなく、悪い予感が。
この男に関わると、ロクな目に合わないっていう。

初めて見た、あの薄い色の瞳は。

人より高い地位にいる人間特有の、自信に満ちて安定した色と、それに相反するような人を誘うような色と。
アタシのコンプレックスとアタシの理想を混ぜたらきっとこんな色なんじゃないか・・・なぁーんて、一瞬の気の迷いだけど。・・・そう、たった一瞬の。

ザワザワと騒ぎ出す自分の胸の音を、どこか他人事のように、アタシは遠くで聴いていた。

アタシのこういう胸騒ぎは、外れたことがない。
だから・・・

―・・エ、・・・い。

「おい、起きろ。オリヴィエ。」
肩を、やや乱暴に揺すられる。
瞼がやけに重たい。・・・眠い。瞼を人差し指の腹でグリグリと擦ってから、あ、しまった。この感触、化粧落としてない・・・と思い至る。きっとぐちゃぐちゃだわ。
「おいっ!!いつまで寝てるつもりだっ!!」
「っっ!?!?」
耳の中に突き刺さるような突然の怒鳴り声に、反射的に飛び起きる。
眼前に、アイスブルーが二つ。厭味なくらい、澄んだ綺麗な色だこと。
あー、なんか、さっきまで見てた夢を思い出したかも。・・・ったく、だから近づかないように気を付けてたんだっつーの!
「なんだ?俺の顔に何かついてるのか?」
鼻先が掠めるほどの至近距離からアタシに睨まれて、男は不思議そうな、幼げな表情を覗かせてから、「それとも俺に見惚れてるのか?」と、鼻先で笑った。人を小馬鹿にしているように見えるその表情(かお)は、半分以上無意識でやっているとアタシは気づいてる。
「こンの・・・自意識過剰がっ。」
とは毒づきながら、あながち外れでもないところが余計に質が悪い。
「お前のお陰で調子が良い。」
男は立ち上がると、負傷していた右腕をぐるぐると回して見せた。顔色も、頗るよくなっていて、昨夜の死にそうな顔はまるで冗談だったと言わんばかりだ。
アタシは、自分の膝の上に頬杖をついて、その均整のとれた筋肉が滑らかに動く様を見るともなく見やり、
「さすがケダモノ。驚異的な回復力ですこと。」
と尖らせた唇の先に厭味をのせてから、立ち上がった。動くと身体のあちこちに痛みが走る。こちらはお陰様ですこぶる調子が悪そう・・・
「おい?」
アタシの肩先を掴んでほとんど振り向かせる男に、
「オ・フ・ロ☆なぁに?ついてきたいわけ?」
と片眉をくぃとあげて嗤って見せる。案の定、
「だ、誰がだっ!!」
肩を乱雑な仕草で解放された。
「ふ、ふ〜ん♪病み上がりはおとなしくしてなっつーの。」
予想通りの反応に、そちらを振り返らずに片手をヒラリと振ってやりながら、私は例の湖に向かう。そう、お風呂ったって、まさかここで暖かいバスタブが望めるはずもなく。しかも化粧道具もない。ってことは、水で洗って、洗いざらしって訳。ほんと、一体どうなっちゃうのかしら、アタシのお肌・・・。
周囲は昨日の重苦しい雰囲気はどこへやら、眩しい太陽の光に亜熱帯を思わせる植物がギラギラと緑を主張する。遠くから、チチチチチチ、と高い動物の声。ここにも鳥類がいるなら、きっと鳥類の鳴き声だろう。
「残念ながら」この湖周辺で文明の匂いも、ヒトの気配も感じたことがないので、アタシは恥じらいもクソもなく、身につけていたモノを全部無造作に脱いで、水に濡れないように近くの木の枝に掛ける。そのまま素っ裸で気にせずザブザブと湖に入った。膝下まで入って、ちょい冷たい・・・と少しだけ躊躇うが、けど、気温が熱いせいもあり、入れなくないわ、と腹をくくって一気に進む。水は透き通っていて、腰までの高さまで使っていても、水底が見通せる。柔らかい砂地に岩がところどころゴロゴロと転がっていて、岩の近くに少しだけ藻が生えている。綺麗なモンね・・・と思ってから、
「ナンか、もしかしたら適応能力が高いのかもしれない自分が、とってもイヤ・・・。」
呟きながら、膝を屈めて肩まで浸かる。身を振るって、汗を流してから、膝を伸ばし、今度は腰を屈めて頭を水面に突っ込む。水、結構綺麗だし・・・と、頭皮まで指の腹を使って洗った。ベタベタしてたからめちゃくちゃ気持ちがいい。指通りが復活するまで水でザブザブ洗うと、今度は顔面を水に浸す。体温が馴染むのを待ってから、おそるおそる顔を洗った。落ちるのかしら・・・いや、落として良いのか?紫外線は?・・・と今更と思われる問いを思い浮かべつつ、結局睫も指先で洗って、出来る限りを落とした。
「はぁ・・・。」
仕上げに、重くなった髪を後ろへ流す。「ドライヤー貸して」なんてアホなこと、さすがのアタシも言えやしないけど・・・水面に自分の姿を映そうと下を向くものの、やさしい風に水面はさざめいていて、鏡になっちゃくれない。けれどクリスタルのような水面には、明るい日の光がキラキラ踊って、時折雲の陰に隠れては、また踊る。淀みのなく美しい水・・・ふと、故郷のよく行った川を思い出す。あそこもこれほどワイルドじゃないけど、自然だけは腐るほどあって。川底は、剣呑な岩場で、靴がよくないと、よく足を怪我したんだった・・・。何か、またしても思い出したくないものを、思い出しそうになって、
「何をぼーっとしてる。風邪引くぞ。」
低くかけられた声に、ハッと我に返って振り返る。
湖の際に腰を降ろし、右膝を立ててこちらを見やっているオスカーの緋色の髪が明るく日の光に透けている。つまらなそうな顔が気に食わない。
「何勝手に覗いてんの。高くつくわよ〜?」
と、態とらしく既にオールバック状態の髪を掻き上げてから、次々とポーズをつくって見せる。元マヌカンをナメンなっつーの!と内心舌を出して。一瞬、呆気にとられたように目を開いた男は、対抗意識丸出しで、気を取り直したように顔を作ってから、
「高くつく?居候の分際でよく言う。どう高くつくっていうんだ?」
と、挑戦的な視線をよこす。男を誘うって、こういう視線のことよね、と脳裏でよぎった言葉を顔には出さず、
「どう高くつくか、だって?そんじゃ教えない訳にはいかないねぇ?」
アタシは両手の指を鳴らす振りをしながら、奴に近づいてから、徐に・・・

バシャバシャバシャバシャッッ!!

怪訝そうに顔をしかめながらアタシを見やっていた男は、頭から服から一気にずぶ濡れになったせいで、前髪が下がって、その表情が伺えなくなってしまう。その、あまりのことに微動だにできないでいる姿が、おかしくて。
「あーっはっはっは!!すっきりしたっ!!」
腰に片手を、額に片手を当てて、思わずアタシは天を仰ぐ。と、油断し切ってたところに、男はいつの間に立ったのか、肩から思いっきりアタシの胸に向かってタックルをかましてくる。

バッシャーン!!

物の見事に後ろに引っ繰り返ったアタシの腕を乱暴に掴み上げ、男はアタシの上半身を水から引きずり出す。後ろに前に突然振られて、思わず水を飲んでしまう。
「がぼぼっ!・・・ゲホッ!なんつーことを・・・。」
目に髪がかかって前が見えず、今度こそ意味のある仕草として髪を掻き上げながら、水を吐き出しつつ、ひっぱられた腕を頼りに立ち上がり、笑いながら「これでアイコね。」と声をかけようとして。突然目の前に現れた硝子玉に、息を呑む。
「すっきりした。」
瞳を少し高い位置から覗き込まれながら、鼻先で厭味に言われて、勝手に喉が鳴る。そんなこっちにはまるでお構いなしに、無遠慮に腕を掴んでいた掌が、アタシの胸板にぺたり、と当てられる。
「ホントに、雄だ。」呟くように、言ってから、「だが他に、方法がない。」男の両手が、アタシの頬に移動して、長く骨張った指が輪郭をやんわり包み込む。上から、唇が、落ちてくる。
なんなのよ、突然・・・そんな顔、卑怯なんじゃないの・・・?
目を見開いたまま、ただ触れるだけの口づけを受け止めて、アタシは切羽詰まったように歪むアイスブルーをただ見返す。
「頼む。お前しかいないんだ。」
聞き取れるギリギリの音量で男は言ってから、アタシの両肩を掴み、肩口に額を当てた。
なぜだか、ギリギリと胸が締め付けられる。

なんで、そんなに・・・彼奴を倒さなきゃならないの。
なんで、そんな・・・目を、するの。

「簡単に言うけど、初めてなんでしょ?」
「あぁ。」

アタシは、ややこしい事に関わるのは・・・
この男に関わると、ろくな目にあわないって・・・
アタシのこういう予感は・・・

「頼む、オリヴィエ・・・。」

アタシの後頭部に回った手の動きに合わせて、アタシもオスカーの後頭部に手を回す。呼応するように肩口からアタシの顔の正面に、男の端正な顔が移動する。顔の角度を変えて、その上唇を啄むようにして、殊更ゆっくりと口づけて。
明るい日の光の中、アイスブルーの奥の光彩が、湖面の反射に応答するように、小さく絞られて・・・やがて瞼に隠れた。

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青○・・・しかも、こんなに晴れた昼間に・・・挙げ句、超見通しのいい、こんな場所で・・・?アタシはあんたと違って繊細な神経を持ち合わせているヒトっつー高等な生物な訳で・・・
「・・・ちょっと・・・、震えてるじゃないの。」
だが、もっとひどいのは、目の前の男の状態だ。
ずりずりと抱き合ったまま、情熱的なキスを繰り返しつつ、湖の端まで移動して、オスカーを草の上に押し倒して・・・だけど、オスカーの右肩の上、顔の横にアタシは左手を突っ張って体重を支え、上からその強気なアイスブルーを眺めた・・・ところで、その状況に気づく。合わせて、アタシの手の動きはぱったりと止まってしまう。
「どこがだ。」
むっとしたようにアタシを見上げる視線は冷静そのもの・・・なんだけど。アタシの右手が肩先を撫でれば、そこは僅かながら、だがやはり確かに、震えている。
―あのねぇ・・・
半ば呆れつつも、それを宥めるように、啄むようなキスを繰り返すも、僅かな震えはなくならない。
「寒い・・・からだ。」
はっはー、よい思いつきね。このクソ熱い太陽の下で!呟かれた屁理屈に口元は思わず苦笑に歪む。身体を離そうと、僅かに身体を起こそうと腕に力を込める・・・と、つっぱっていた、左の手首を、オスカーの右手がガシッ、と掴んだ。
「答えは、もう出たはずだ。お前・・・意外と往生際が悪いんだな?」
いやらしく片眉が上がり、挑戦的に下から見上げるケダモノの瞳が光る。「どっちが?」と内心で呟いて、こっちも片眉が思わず上がる。あーあー、はいはい、ヤればいいんでしょ、ヤれば!!
「早くシロ。」
ピキ、と大人な対処がウリのアタシのこめかみにも、いい加減青筋が走るが、一方で冷静に、この男の矜恃が限界ギリギリで今の状態を保ってることも理解する。「(たとえビビッてるのが真実だとしても)これ以上の侮辱は許さない」今の一連の言動は、平たく言えば、そーゆー意味に取れる、と言うわけで・・・ある意味、これはこの男の虚勢なのだ。脳裏で、ふぅ、と溜息を吐く。どうせ、それを読み取っちまうアタシの気持ちなんざ、アンタは考えつきもしないでしょうよ。たとえ、アタシを精一杯慮ってくれたところで・・・ねぇ?
掴まれた左手首をそのままに、グッと肘を折り曲げて身体を近づける。アタシの髪がするりと男の頬を掠め、ビク、と一際大きく身体が跳ねる。
「じゃぁ・・・手加減してやンないよ?」
「フッ!」
耳元に、吹き込むようにして低く告げると、短く吐息があがり、男の頬や目の周りが一気に紅潮した。構ってはいられない。というより、構ってはいけない。この男の為に。
―・・・あーぁ、なんか・・・。
脳裏に一瞬、何かが過ぎるのを、無理矢理、気にしないことにする。だって、もう・・・アタシは目の前の男に、味方してやりたくなってしまっている。濡れて額に張り付いている赤い前髪を、指先で掻き上げてやって、そのまま頭をゆっくりと撫でる。震えが、一瞬だけ収まる。頬は紅潮したまま・・・だけど、その瞳だけが。まるでアタシをこれから喰らうのだとでも言うように、挑戦的にこちらを睨め付けている。ゾク、と背筋に震えが走って、アタシは絡み合った視線を逸らさないままに、ゆっくりと唇を吸い直す。
上唇、下唇・・・それから、チロリ、とその間に舌先を滑り込ます。やはり小さく震えている唇が、ぎこちなく開けられて、アタシは咥内で歯列を右から左へ、ゆっくりと確認する。合わせて、スリ、とオスカーの両足の間に入れた右の太ももを、股間に押しつけるようにすると、「ンンンッ!」と唇から逃れるように、頭が振られた。逃がすつもりもなく、下半身に太ももを更に強く押しつけながら、唇を追いかけて、咥内でオスカーの舌をすくい上げ、強引に絡め、吸う。先ほどまで、アタシの自由を奪うようにアタシの左手首を掴んでいたオスカーの右手は、緩んだり、アタシの舌の動きに反応して、そこに強くしがみついたりを繰り返していて。
「んっ・・・ふぁっ・・・。」
息継ぎができない!とでも言うかのように、無理矢理、今度は逆に顔を振ってアタシから逃れるように息継ぎをするオスカーに、満足に息を付かせぬまま、また吸い直す。一旦、絡めた舌を逃がしてやって、互いの唾液で濡れるその唇のラインをなぞって・・・また、空気を求めて「ッヒュ・・・」と唇が大きく開いたところへ、舌先を入れて、中を思うまま、蹂躙する。
「はぁ・・・・ぁ・・・。」
酸欠と咥内への愛撫で潤んだ瞳と、熱っぽいその吐息に満足して、唇を解放してやり、溢れた唾液を追いかけるように、口の端を舌先でなぞり、そのままオスカーの左耳へ到達する。耳殻を尖らせた舌先で形を確かめるように嬲れば、ピクピクと身体を震わせながら、オスカーは身体を捩って横を向き、掴んでいた右手に力を込める。だけど、それじゃあ、上に左耳が露出して、かえってこっちとしてはやりやすかったり。丸めた舌先を耳の中に一気に押し込むと、「ひっぁ!・・っっ!!」一際高い声が上がる。あがった声を抑えるように、オスカーの左拳が、口元を抑える。
「声、抑えないでよ?」
耳から舌先を抜き取って、唇を耳殻に付けたまま、囁く。バッ、と突然。横を向いていた顔をこちらに向け、オスカーは睨みあげた。さっきまで、泣きそうな顔して横向いてたのは、どこの何奴?それに、そんな怖い顔して睨んでも、目が潤んでちゃ迫力に欠けるわよ?と、アタシは笑ってしまいそうになるのを堪えつつ、また唇を左耳に寄せ、吐息混じりに吹き込む。
「シテ、欲しいんでしょ?」
「・・・。」
男の喉の奥が低く鳴る。問いながらも、オスカーの思考を断ち切るために、首筋を指の背で撫で、するするとそのまま鎖骨をなぞって、胸の印を掠めるようにして、脇腹へ。
「・・・ハッ・・・。」
アタシの一挙一動に、律儀に反応して、息が上がるのに、思わず、クスリと鼻が鳴る。唇は、耳から輪郭を辿って、顎先へ。一度下唇をチュゥと吸ってから、同じ要領で、顎を吸う。
「もっ!や、めろ・・・!」
鼻に抜けながらの怪しい声で、制止の願いが口にされる。その声に、ゾワり、と肌が粟立ってしまう自分を感じて、やれやれと脳裏で自嘲する。それにしても、「やめろ」とはね。「早く下に来て」の間違いじゃないの?と思う。聞こえないふりをして、立ち上がってきている下半身をオスカーに自覚させるために、もう一度あからさまな動きで、太ももを使って擦り上げて見せる。
「へぇ?やめちゃうの?」
瞬間、憤怒に耳まで真っ赤にしたオスカーが、暴れ出す前に、先ほどは掠めるだけで、放ったらかしにした胸の印にチウ、と吸い付く。
「アアッァッン!・・・なッ?」
自分の声が上がったとは俄に信じられないのか、それまで必死に首をねじって他所を向いていたオスカーが、首を起こして、自分に何事が起こったのかとばかり、こちらを見る。しっかりと芯を持って立ち上がった乳首と、それを舐るアタシの舌先が見えるようにして、態と下からオスカーの視線を見上げた。「ウソ、だ・・・」という目に、舌先に力を込めて、その尖りを押しつぶすようにしてやって、答える。
「アッァッ!!」
―ね?間違いなくアンタの嬌声よ。
まあでも、あんまり慣れてないところを弄るのも可哀想なので、そこはそれくらいにして、唾液を塗しながら脇腹に移動して、再度吸う。まんべんなく、だけど細やかについた筋肉は、思いの外、吸い心地が良くて。脇腹、腰骨・・・少しあがって、お臍の脇。懲りずに身体を捻ろうと若干暴れ気味の腰を両手で抱えて、
「コォラ、シテ欲しいんじゃなかったの?」
と少し唇を尖らし気味に上を見上げる。もう、すっかり起ち上がっている下の子は、アタシの声に反応するかのように、アタシの顎の下でピクンと如何にも触って欲しそうに震えた。天を見上げたまま、パタリと抵抗を止めたオスカーは、やるせないのか、何かを耐えているのか・・・それまで地面を掻いていた左手の甲を、閉じた瞼の上に乗せる。
「そうそう。それで宜しい☆」
こっちが出来るだけなんも考えなくて済むようにしてるンだから、体力くらい、温存させてよね、とアタシは笑いながら・・・だけどどこかで、「それってホントにホント?」と自分を訝しんでいる。「考えなくて済むように」の思いやりを装って、楽しんでるだけだったりして・・・と。そう・・・もしそうだとしても、今更、ここから引き返そうにも、引き返せない。それは、・・・やっぱりこの目の前のオスカーの為に、だ。
「暴れないでね?アンタに本気で蹴っ飛ばされたら、アタシなんかひとたまりもないんだから。」
と前置きして、先走りで既に十分に潤っているソレを、一気に口に含む。途端、
「ひぁっ!なに、すっっ!っっんーーーーーーーーっっっ!!」
前置きしたにも関わらず、暴れそうになる両足を両脇と体重で押さえつけ、ズルルッとそれを啜る。本当は手淫も加えてあげたいけど、両足を押さえるのにいっぱいいっぱいで、手まで動かす余裕はない。それに、イカせる訳にもいかないので、左の手でぎゅぅと根本を抑えなくてはならないし。
「アッアッアゥッ・・・ンッアッ・・・フッ!」
絶え間なくあがる声を自分で抑えようと、瞼の上に置いてあったオスカーの手は、いつの間にか口元覆い、賢明に悲鳴を押さえ込んでいる。
動きが制限されて、大して動かない頭を精一杯振って、アイスキャンディを舐める要領で上から下まで形を辿り、また、弱く、強くソレを吸い上げる。根本を抑えているにも関わらず、溢れている先走りは、止む気配がない。時折、ビクビクと、痙攣するように震えるソレは、血管という血管が浮き出ていて、もう限界寸前といった感じで。
「アッ!モォッ、・・・クッ!!」
うん・・・だと思うんだけど、イケないのよ、それが。と、アタシは爆発を堰き止めている指先に力を込める。ズルリ、とソレを吐き出す・・・と、主人と違って素直なソレは「いかないで」と外気に晒されて震える。その様子に、ちゅ、ちゅ、と宥めるように先にキスして、苦笑し、今度は自分の指の上から根本を舌で愛撫し、その先のボールをひとつ口に含む。
「っぁ!?」
ズルリ、と吐き出して、ボールとボールの間にも舌を押しつけるようにして這わせる。押しつける度、「ンゥ!ウッ!!やッめッ!もっ・・・ッッ!!」吐息混じりの声があがる。たっぷりと塗りつけられた唾液が、伝って、後ろの入り口を濡らしているのを確認しつつ、丁寧に舐め上げる。愛撫を止めて、根本を抑えた指だけをそのままに、様子を伺うべく身体を少し起こすと。もうすっかり息を乱したオスカーが、懇願の表情すら浮かべて、こちらを見る。明るい太陽が、桜色に染まった頬やら、唾液に濡れそぼってひかる口元や顎や喉元を容赦なく照らし出していて、卑猥ったらない。殊更、アタシを煽るのは、涙ですっかり濡れている瞳・・・が、アタシの視線を捉えるや否や、それはまた剣呑さを(おそらく必死に)取り戻し、
「ハァ、ハ・・・い、いい加減にしろ・・・。」
上がった息を、整え、整え、懲りずに睨み付けてくる。
「好い加減にどうしろって?」
アタシは、ぞくり、とその瞳の誘いに乗って、興奮してしまっている自分に気づきつつも、冷静を装って、首を傾げて見せる。・・・といったって、全裸で肌を合わせているんだし、アタシのモノもいい加減起ち上がっててどうしようもないのは、隠しようもないかもしれないけど。根本を抑えている左手を、ぎゅ、と抑えたまま、僅かに左右に揺らす、・・・と。
「ァ!もう、い、きッ・・たっ・!」
さっきの勢いはどこへやら、涙で再び、瞳は潤み、懇願の表情が覗く。
「残念だけど、マダだね。」
少し、言い方がきつかったかしら。可哀想に、ビクン、と願いを撥ね付けられた衝撃に身体が揺れる。
根本を離さないように気をつけながら、アタシは両足をオスカーの腰の下に入れ込むようにして腰を浮かせ、後ろを日に晒す。羞恥に耐えられない、というように、顔が真っ赤になって、逸らされた。
「アンタが、言ったんでしょ?」
それを見下ろしながら、苦笑混じりに言うと、
「早く、シロ。」
そっぽを向いたまま、男は小さく言って、唇をかみ締めた。
まーったく、何様なのよアンタは・・・と思いながらも、ヘイヘイ、と続きに取りかかろうとする自分が居て、あーぁーぁ、とまた脳裏に何かが過ぎり、苦笑が漏れる。
伝った唾液ですっかり濡れている後ろの周りを、指で硬さを確かめるように、なぞる。「っ・・・。」声にならない声を上げながら、耐えているオスカーの表情が、なんだか気の毒になりながらも、自分の人差し指を口に含んで手早く濡らし、つぷ、とゆっくり差し入れる。
「痛い?」
第1関節までで一旦止まって、聞く。
「・・・聞く、な・・・ば、か。」
オスカーは眉間に皺を寄せ、うっすらと目を開けてこちらに視線をよこす。しょうがなく、はーいはい、と口先で言いながら、ずりずりと中をゆっくりと進む。眉間に寄った皺と、かみ締められた唇が、「違和感と戦ってます」と全力で物語っているし、そういうのを頼りに少しずつ進むしかない。内部を探る動きを加え始めたアタシに「あんま、動か、すなッ!」と苦情が飛ぶ。けど、出来る限り早くしてあげたいことがアンのよ・・・と、アタシは内部を探る動きを止めない。ふと、指先が、こり、と中の痼りに引っかかる。
「・・・っ!」
ピクン、とオスカーの全身が応答する。声は上がらなかったが、他所を向いたままのオスカーの顔は驚愕のそれだ。「みーーーっけ☆」とアタシは気をよくする。根本はしっかりと抑えたままに、空いている親指でくりくりと前も刺激しつつ、アタシは後ろに差し入れた人差し指で、痼りをゆっくり、刺激する。
「・・・んんんっ・・・んっ!・・・っ!」
良い声が上がってきたところで、もう一回聞く。
「・・・ねぇ、痛い?」
あぁ駄目だ。ちょっとコレは意地悪かも。
「んんぅっ!きっ・・・くぅ、なぁっ!バ・・・っ!」
途中まで言って、もう声を上げるのがイヤになったのか、唇がぎゅっとかみ締められる。あーぁ残念。人差し指で中の痼りをクイ、クイ、とひっかくように刺激してやりながら、前もリズムを合わせて刺激すると、声を耐えるどころじゃなくなったのか、「あっ!ハァぁッ!あぁンんっ!はっ!」目尻から涙を流しつつ、ひっきりなしに声が上がる。
「困ったね、気が変わっちゃった・・・。」
だってあんまり気持ちよさそうにするんだもの。
アタシの台詞を理解したのか、してないのか。縋るように薄い色の涙目がアタシを見上げる。チリ、と胸が焦げるような鋭い感覚が走ると同時に、自分の腰がズク、と熱く疼くように反応したのを自覚して。ふっ、と勝手に口から苦笑が漏れ、アタシは手を止める。
「はっァァ・・・ッアアアアアッッッ!!」
強く瞑られた瞳。身体は大きく二度、三度と痙攣して、オスカーが欲を放つ。出口を親指で押さえていたにも関わらず、飛沫の一部がアタシの顔まで飛ぶ。呆けたような男の顔から、目が放せない。あぁ、チクショウ・・・じゃなかった、こういうときなんて言うっけ??
とろん、と焦点の合わないアイスブルーは、それはそれで見応えがあるね・・・と思いながら、アタシは相手の抵抗がないのを良いことに、自分の立ち位置を調整し、オスカーの両足を抱え上げて、大量に放たれたソレを、入り口に塗りつける。先走りで濡れている自分にも擦り付けるようにして、先端をあてがう・・・と。
「・・・んっ・・・待て。・・・腰が・・・」
半分夢の中に入ってしまったような、虚ろな瞳のまま、呟くようにオスカーが言う。アタシは何故か笑い出したい気持ちに駆られる。
「悪いけど、それは無理だねぇ。」
心底、残念そうな顔を作ったつもり・・・だけど、多分、それは嬉々とした笑顔の上から眉を寄せただけの、バレバレな演技だったかも知れない。
「おま、え・・・・。」
怠そうに、やっとでオスカーがアタシの瞳を見返す。大丈夫よ、それだけ脱力してれば・・・というより、多分、腰が抜けちゃったのかしら。いずれにしろ、アタシは無茶はしない主義だ。オスカーの腰を持ちあげ、ゆっくり、少しだけ体重をかける。
「ふ・・・ぅぅ・・・」
力が抜けているせいと、粘液の助けを借りて、ずるり、と抵抗なく先端の張り出した部分までが収まる。こっから先は、ゆっくり進めれば大丈夫。アタシも、自然、息を吐き出しながら、そのまま体重をかけていく。背中を、オスカーの両足を抱えている腕を、汗が伝う。
「・・・ねぇ、痛い?」
足を持ちあげられて、多少苦しげな体勢になっているオスカーを見下ろして、アタシはもう一度、首を傾げて聞いてみた。
少しキツイのは、多分初めてだから。オスカーは本当に力が入らないのか、ちゃんと脱力している。そのせいか何か知らないけど、丁度良い締め付けで、こっちはやたら気持ちがいい。
他所を向いて、荒い息を断続的に吐くオスカーは、
「はぁ、はぁ・・・知るか。ばか。」
と、吐息に混ぜて小さく返した。目元とか耳まで真っ赤よ。って、それは暑いからかしら〜?分からない、分からないけど。
「そのまま、力抜いてて。動くよ?」
あらら、また低い声。ちょっとマジだよ・・・と、今度は自分に、やっぱり笑い転げたくなる。
動けば、アタシの動きに吸い付くように、オスカーの内壁が蠢く。
「・・・んっ・・・、力の入れようが・・・ないだろう、がっ・・・。」
ほとんど諦めたようになすがままのオスカーは・・・けれど、内部の痼りの近くをアタシが掠めると、ビクン、と反応を返す。
「なぁに?どこか突いて欲しいところがあるの?」
あぁ、イヤらしく片眉が上がったの、今のは自覚があるわ。
「・・・しる、か・・・。」
消え入るような声と、眉根に刻まれる深い皺。綺麗な彫刻が、まるで意のままになっているような変な錯覚がアタシを襲う。あぁ、でも彫刻な訳がない。
だって、ほら。こんなに熱い。
触れあっている肌と肌が。
だってほら。こんなに熱い。
オスカーの、中が・・・。
ゆるりと、オスカーの良いところを狙って、抜き差しを繰り返す。
「ふっ・・・んっ・・・。」
アタシに合わせて絶妙な収縮を繰り返すオスカーの内部に、思わずアタシも鼻が鳴る。
「はぁ・・・ぁ、ぁ・・・。」
答えるのは、オスカーの熱い息。
あぁ、どうしよう。上り詰めたくないのに。
「ンンッ・・・ハッァッ・・・ッ!」
「・・・フッ・・・クッゥ・・・」
あぁ、どうしよう。
「ナカッ、だァッ、ンッ・・・ぞッ・・・!」
ほら、しっかりオスカーにまで伝わっちゃってるじゃないの。
だんだんと速度を上げるリズムを、止める手立てがない。
あぁ、どうしよう。
「バッ!!おまッッ、無茶ッッ!!」
オスカーには悪いけど、こっちに答える余裕なんてない。
抱えていた両膝をオスカーの肩にほとんど押しつけるようにして、アタシは上から体重をかける。下、草だから・・・ちょっとゴリゴリ押しつけちゃうかも知れないけど、許してよね。
ペースを上げるテンポに任せるまま、アタシは勢いを付けて最奥を突く。
「・・・・・・ッッッッ!」
「ウ、アッ、ァッ、ァッ!」
どくん、どくん、と盛大に脈打つアタシ自身に合わせて、オスカーの肩が揺れる。見開かれた瞳は、アタシの瞳を見上げてはいるものの、焦点はあっていない。達しているアタシを受け止めながらも、まだ収縮を繰り返す内部に、アタシの方の熱も冷める暇がない・・・。
「チョ、ッッと。洒、落にッ・・・。ンンッ!!」
膝が笑いそうになったのを堪えながら、思わず、こっちも眉根を寄せて唸ってしまう。奔流は、まだ収まる気配もなく。
「ア、ツ、イ・・・・。」
焦点を失った薄い色の瞳が。小さくパクパクと空気を食んでいた唇が、何事か、紡いだ。
こっちがその意味を理解する前に。
下腹の奥の方から、更にグワ、と熱い血潮が湧き出すような感覚が襲う。
マテマテマテ。洒落にならんっつーかッッ・・・。
「・・・ぁ、ぁ、ァアアアアアアアアッッ!!!」
最後に聞こえたのは、アタシの叫び声か、それともオスカーの叫び声か。それすら、定かじゃなかった。



終。

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