友情と呼ぶには甘過ぎる何か。その2




【第二話:赤のトリトマ、だと?】

---Side: Oscar---

結局、ルヴァはいつだって煮え切らない。
そんな事は随分昔から分かっていた。
・・・違うな。俺は別にルヴァが煮え切ろうが煮え切らなかろうがどうでもいい。ただ、俺が「そう」思った時、彼奴も「そう」思っててくれればいい。少なくとも、今まではそうだった。
オリヴィエ曰く『噛み合ないようで、噛み合ってる』ってヤツだ。

それにしても。
『オスカー。今宵は共に夕食を摂りたい。話がある。』
俺の香りが変わった事に、ジュリアス様が気づかれたというのは、まあ間違いない。だが、俺のプライベートに『大いに』興味があるというのは、おそらくお説教の意味だろう。
つまり、相手がいつも違っていたということをご存知で、その後、パートナーを得たと思ったが、やはりまたフラフラしているのか、と、おそらくそう言う事なのだろうが・・・。
『いいえ、違います。相手は同じなのですが、使っているローションを変えただけです!』
と、答えている自分を一瞬想像し、カツカツとリズム良く運んでいた足を止めて、顔を片手で覆う。駄目だ。言える訳がない。しかし、相手を変えようが、変えまいが、執務に特に影響を来している訳ではないのだから、敢えてここは香りや相手に触れず、
『執務はきちんとこなしておるつもりです!』
と、だな・・・。

執務後に私邸に戻り、シャワーを浴びて服をラフなものに着替え、馬を使わず、考え事がてら、徒歩でジュリアス様の邸宅まで移動して来た訳だが。あれこれ考えている間に、アッという間に着いてしまった。
門をくぐり、館の入口の前で、コホン、と無意味に咳払いする。
作戦はまだ中途のような気がしたが、なるようになれ、とドアノックハンドルを握って叩く。サッと扉が開かれて、家人が両脇に3名ずつで向かい入れられる。
『待っていました』
とばかりの対応に、やや面食らいながら、マントだけを預けて導かれるまま、食堂に向かう。途中、中庭から、いつものように中性的なキトン(白布を巻き付けた装束)を身に纏ったジュリアス様が合流される。
「突然の誘いとなって済まぬな。」
「いえ。」
いつもよりもドレープが少なく、片脇が大きく開いたデザインで、足を前に出す度に、太腿からサンダルまでの白い肌がむき出しになる。男同士とは言え、見せ過ぎでは・・・?と、なんとなく目を逸らしてしまう。両肩を留めるブローチは、ジュリアス様の瞳を思わせる深い群青で、腰紐は髪を思わせる金色だった。
「今日はケバブと厨房が伝えて来た。」
「それは・・・。恐縮です。」
ジュリアス様のシェフが、俺の好みに寄せてくるのは、いつものことだが。それにしてもジュリアス様の食卓でケバブとは少しやり過ぎでは、と恐縮していると、
「安心せよ。ナイフとフォークで食べられるよう工夫しろと伝えてある。」
男性的な苦笑を漏らしながら、ジュリアス様が隣を歩みつつ応じる。
「それは、もはや別の料理では。」
とこちらも苦笑しながら返すと、
「ふむ。では、お前にはピタを用意しよう。遠慮なく、手で食べるが良い。」
悪戯っぽい笑みで、見上げられる。
「いいえ!同じ食べ方で結構です。美味しく食べているところに、『食欲がなくなった』なんて仰られるのは不本意ですから?」
大きく肩をすくめ、軽口を叩きながら食堂に入ると、早速食事が提供され始めた。
予想外に、日頃の執務の話や、互いの直近の出張の成果等について話をしているうちに、メインディッシュまでたどり着いてしまっていた。
やや拍子抜けだな、なんて不謹慎なことを思いつつ、首座の守護聖に相応しい執務に関する慧眼に恐れ入っていると・・・不意に。
「ところで。」
明らかにこれまでの朗らかな声音と異なる固い声音でジュリアス様が、切り分けられたケバブにフォークを突き刺して、動きを止める。
自分がケバブになったような心地で、びくり、と肩を聳(そび)やかし、
「はっ。」
と、知らず畏まってしまう。
「お前の香りの件だが。」
!!
「何も、取って喰おうというのではない。」
余程神妙な顔つきになっていたのだろうか。クック、と喉奥を鳴らし、「おかしなヤツだ。」と呟いてから、ジュリアス様は続けた。
「今まで、お前の私生活には、私は口を出さずに居た。そうだな?」
「はっ。」
やはり、お説教か。俺は覚悟を決めて、唾を飲み込む。
「だが。もう私は我慢せぬ。馬鹿馬鹿しいと思ったのだ。」
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出た。我慢せぬ?かねてより、私生活についても全力で指導したかった、という意味だろうか。
「お前が一人に決めぬというのならば、それでも良いと、思おうと思ったのだ。」
思わずフォークを取り落として、ガチャン、と派手な音が鳴った。
「す、すみませんっ。」
慌てて取り上げるが、内心で『なんだって?』という問いが起こり、とても目を合わせる気になれない。ダラダラと嫌な汗で、フォークとナイフがやたら手の中で滑る。俺の胸中を知ってか知らずか、ジュリアス様は淡々と続ける。
「だが、気が変わった。」
視界の端に、ジュリアス様のナイフがスルリと音も無く滑り、続いてフォークが切り取られた肉に刺さる。そこで、手が止まった。恐る恐る、俺が視線を上げると、群青が、いつものように、俺の視線をまっすぐに受け止めた。
「気が、変わられた、と、仰いますと?」
俺はもう食べたものが何処に入ったのか、皆目見当もつかない。
「つい先程な。ある守護聖から宣戦布告のような手紙を受け取って、決心した。」
「はい?」
手紙?ある守護聖?宣戦布告?頭の中に疑問符が凄まじい勢いで浮かんでは、手がかりの少なさに、消えてゆく。
「そう、変な声を出すな。」
ふふふ、と笑って、ジュリアス様は、止めていた手を再び動かし、ゆっくりと肉を口に運ぶ。俺はそれを目で追って、ごくり、と唾を再び呑み込む。
口の中のものを、飲み込み終わってから、ジュリアス様はワインに手を伸ばし、口にしてから、ナフキンで口元を拭った。
「『愛と正義の人』の二つ名があるそうだが。それにしては、存外、お前も鈍いのではないか?」
少し瞳を落として、睫毛に群青が隠れているが、それでも分かる。実に愉快そうな、ジュリアス様の声音。
俺は、遊ばれている・・・のか?
思い至って、ムムム、と眉間に皺を寄せつつ、
「はっきりと仰って下さい。」
と言うと、ジュリアス様の右手が上がる。
「すまぬ。ではハッキリと言おう。お前は私が好きか?私は、お前が好きなのだ。」
・・・???
「はぁ。私もジュリアス様が勿論好き・・・と言いますか、尊敬申し上げておりますが。」
どこにどう、会話が流れて行ってるのか、追いかねて、俺はますます眉を寄せる。食事を一旦諦めて、俺はフォークとナイフから手を離し、ナフキンで口を拭う。
「そういった意味ではない。つまり、恋愛感情として、だ。」
きっぱりと続いた台詞に仰天し、ナフキンを取り落とす。今日はやたらと物を落とす日だ。目玉が飛び出すのではないか、と思った。・・・大真面目な群青を何度も確認して、「というのは冗談だ」と最近のジュリアス様がよく口にする台詞が続くのを待ったが、沈黙は止まない。俺は、パチ、パチ、と音がする程大袈裟に瞬きし、それでも止まない沈黙に耐えかね、思わず眉間に右の人差し指を当て、一旦視線を目の前の皿に移す。喰いかけで放置された、それはそれはうまそうな肉の塊。
「え?ちょ、ちょっと待って下さい。えぇと。」
意味の無い台詞を口にする。待ってくれ、何が、なんだって??
「聞き違いでも冗談でもないぞ。」
駄目押しの一言に、俺は観念して、両手を上げ、一度溜め息を吐く。
こんなに肝の据わった告白は、恋の伝道師オスカーと言えど、人生初めてだぜ・・・と訳の分からん感想を胸に過らせる。
「それはその・・・。有り難う存じます。・・・しかし。」
両手を下ろして、息を整えてから、しっかりと群青を見つめ返して、告げようとすると、ジュリアス様の右手が再び小さく上がった。
「待て。」
キュ、と勝手に唇が閉じる。やれやれ、と言ったように、ジュリアス様はその右手を額に当てて、ゆるゆると首を振った。
「分かっている。お前が私のことを、そういった目で見た事がないことくらいは。」
それは良かった・・・、・・・んだろうか。複雑だ。俺は視線を逸らさず、伏せられた瞳を見つめる。
「故に、今、お前の返事は必要ない。」
群青が強く光って、俺を見据え、キッパリと続けられる。俺は思わずたじろぐ。
「ルヴァの手紙の要旨はこうだ。つまり、お前次第、と。」
んんんんん?????
ちょっと待って下さい。今度は俺が手を上げてエクスキューズする番だった。
「えぇと。つまり、先程の宣戦布告という手紙の主は、ルヴァということでしょうか。」
ダラダラと背を伝うのは、間違いなく冷や汗だ。
「ああ。だから、お前は、今は私の気持ちを知っておくだけで良い。」
・・・良いって言われましても!!
「は、はぁ。」
スッ、と瞳が笑みの形に細められて、強い群青が隠れ、俺は自分がほとんど息を止めていたことに気づいた。
「相手がルヴァとは少しばかり意外であったが。これは私にとっては僥倖と言っても良い。」
ジュリアス様は笑んだまま、テーブルの上で両肘をつき、両手を組んでそこに顎を乗せた。
「お前は女性好きなのだと思っていたが、同性であることには問題が無いという訳だ。」
うむうむ、と一人納得された様子のジュリアス様に、俺は全く付いて行っていない。
ふと、何かに気づかれたように、そのままジュリアス様は両目を上げて、再び俺を見やる。
「どうした?食事の続きをしようではないか。」
「・・・はっ。」
返事をするのが精一杯だが、俺はなんとか、フォークとナイフを再び握ることに成功した。

混乱しながら食事をしつつ、遅ればせながら気づいた。
テーブルに飾られているのは、赤のトリトマ。花言葉は「恋煩いの胸の痛み」あるいは「切実な想い」。
目の前のお方は、恋煩いというよりは、とてもスッキリした顔で食事を楽しんでおられるように見える・・・が。
不器用に本音が見えない、この方を俺は良く知っている。
だからこその、花だろうか・・・。

誰に相談し、誰に飾らせたのか、考えるのも恐ろしい。
『こういう状況には慣れ切ってるはずじゃなかったか?炎の守護聖。』
俺は自分に問うて、内心で嘆息する。
応えて言いたい。
『勝手が違いすぎる!』
胸中の叫びは誰に届くはずもなかった。



続。

第一話へ 第三話へ textデータ一覧へ