友情と呼ぶには甘過ぎる何か。その3




【第三話:庭の薔薇】

---Side: Luva---

ジュリアスからの返事はない。
けれども会議場でオスカーと彼が残り二人で話し込む際に、チラリと私に送られる一瞬の視線。それで十分、私には彼がそれを読んだことも、意味を理解した事も伝わった。
たわいの無い世間話には、互いの庭に相応しい豪奢な薔薇と野薔薇の話題を選んだ。同じ薔薇を愛でても私と貴方では趣きも違うものだとささやかな歌を締め括りに添えた。
如何ともし難い互いの考え方の違いを、今更私は擦り合わせようとは思わない。
けれども。
肝心の薔薇は、どちらの庭で咲きたいのか。それを私は当て推量で決めつける気は無かった。私は野薔薇が美しいと思う。それ位の主張をする自由はある筈なので。その程度の主張をするに過ぎない。

「ジュリアス様に、手紙を書いたとか。なんて言ったんだ。」
呻くようにして、オスカーは挨拶もそこそこに、私の執務室で問うた。両腕を組み、せわしなく動き回る彼の胸中は推して知るべし、とでも言うようで、どこかおかしい。
それを面白く眺めながら、執務の手を止めて、
「あー。そうですねぇ。」
私はかいつまんで、どのような隠喩でどのように綴ったかを述べた。
「それだけで、ああ言った話になるだろうか。」
と訝しむオスカーに、
「ああ。そういえば。あの香りを添えました。」
と付け足すと、オスカーは鬼のような形相で、こちらを振り返り、カツカツとブーツを鳴らして執務机までの距離を一気に詰める。
ニコニコと見上げると、ややあって、ハァッと大きな溜め息が降って来た。
「アンタって人は!」
「けれども、『秘密』という約束も、なかったでしょう?」
ふふふ、と笑うと、グシャと彼は自分の前髪を潰した。
「ああ、そうだな。」
やけくそのような相槌に、私はまた笑う。
「それで、ジュリアスはなんと言ったのです?」
首を少しばかり傾げて問うと、彼はアイスブルーの目を眇めてから、ややあって、絞り出すように言う。
「俺を・・・。恋愛感情で・・・好きだ、と。」
思いのほか、ストレートなのだな、と少しばかり意外に思う。私には到底真似できそうにない。
「それで、貴方はなんと?」
「答えようとして、遮られた。今は、返事が必要ないと。」
そこで一度言葉を切って、それから、グシャ、と再び髪を掻きやってから、
「アンタが、俺次第と言った、とも。」
「流石ジュリアス、というべきでしょうかねぇ。」
うんうん、と私がジュリアスの読解力に深く頷くのに、彼はますます苛立ちを露にする。
「あのなぁ!少しはこっちの身にもなってくれ!」
「おや。貴方はこういった状況には慣れているかと思っていました。」
少し驚いて言うと、彼は、
「だー!!だから、勝手が違いすぎるんだ!分かるだろ!」
と、一度視線を逸らし、それから此方を向き直って、両手を身体の両脇でクワッと開くと、はっきりと八つ当たりする。それで私は少々の悪戯を思いつく。
「しかし、そうですか。ジュリアスは貴方の言を遮ったと。その様子では、今は私を選んでくれていると思っても、良いのですかね?」
片眉が意地悪に上がる。
彼の眉根がキュと寄り、唇が固く引き結ばれる。困りきった顔。私は、彼のこの顔が好きなのだと思う。
「アンタは・・・。」
引き結ばれた唇が、重々しく、開いて、また閉じた。それから、
「アンタは、どうなんだ。」
私を見下ろす薄氷の瞳。何かに縋るような。追い詰められたような。そんな顔をされると、酷く勘違いをしそうになる。
「堅い友情とか言われても、俺には分からん・・・。」
トン、と彼の指先が私の執務机に落ちる。今、彼の顔が、手を伸ばせば届く所にあれば、おそらく私はキスをしたのだろう。けれども、私には豪華すぎる執務机は、私と彼の間に十分な距離を稼いでおり、それは叶わない。
私は両手を執務机の上で組んだまま、組み替えて、彼を見上げる。
「ジュリアスに、感謝すべきでしょうか。」
ポツリ、と沈黙に私の声が落ちる。いつの間にか、机に落ちていた彼の瞳が、問うような色合いで、私を再び捉えた。
・・・こういったことは、私は慣れていない。彼と違って。
「最初は、お互いの好奇心だと思っていました。」
私は、よっこらせ、と重い腰を上げる。執務机を回って、彼の側にたつ。距離は縮んだものの、まだ大分と見上げる羽目になるのだが。それでも、手の届く範囲と言っていいだろう。
「最初は?」
余裕を取り戻したように、炎の守護聖は片眉を上げ、ニヤリとニヒルに笑って私を見下ろす。残念な事に、実は、私はこの顔も好きなのだ。先程の表情と同じく、どちらにせよ、私を誘っているのだから。仕方なく笑んで続ける。
「この先を、恋愛に慣れた貴方にわざわざ言う必要があるのでしょうかねぇ?」
それでも、僅かばかりの抵抗は許されるだろう。
「大いにな!」
フン、と鼻を鳴らす彼の頬に、右手を伸ばすと、ゆっくりと唇が落ちてくる。舌を絡げてから、彼の好きな上顎に舌先を滑らす。押し殺すように、控えめに、声が上がった。私の背に回った彼の右手が、ギュ、と衣を握る気配。唇を離して、彼の余韻に浸るような顔つきに、ゾク、と良からぬ感覚を覚える。
「あー。『友情』と言って、貴方がどんな反応をするのか、知りたかったのですが。ジュリアスが居なければ、結局友情のままで終わってしまったのかと思うと、やや複雑ですね。」
私はアイスブルーを見上げたまま、続きを述べる。それから、『貴方は?』と言外に込めて、首を傾げてみせる。彼は、動物じみた動きで、唇を舐めてから、応えた。
「アンタとこうなってから、俺は誰とも寝てない。」
こういったことに慣れているにしては、えらく色気のない応答に、私はプッと吹き出した。
「笑うな。」
憮然と言われて、思わず声を伴って笑ってしまう。笑い過ぎて、腹を抱えるようにする私に、オスカーは、弱り切った声で続けた。
「俺だって、予想外なんだ。」
言い訳めいて聞こえたので、私の中の意地悪が、再び目覚めてしまう。
「あー、それは・・・。それほど良かった、と思っていいのでしょうかねぇ?」
お腹を抱えたままに、身体をやや起こして、彼の顔を盗み見るようにして問うと、オスカーはパチクリ、と瞳を瞬いて、両肩を大袈裟に竦めてみせる。
「かもしれん。」
私は、チッチ、と彼の真似をして彼の顔の前で、人差し指を振ってみせる。
「それはいけませんねぇ。『試しにジュリアスとも・・・』等と言う事がないよう、警戒しなくては。」
もう一度彼はパチクリ、と子供のように瞳を見開いて、
「プッ!クックッ。アンタには適わん!」
と喉で笑ってから、両手を小さく上げた。
胸中で、『適ってもらっては困りますよ、此方にも、なけなしの年の功というものがあります』と密かに続け、もう一度頬に手を伸ばした。

「おい。」
深くなった口づけの合間の呼声に、静止の要求を読み取って、私は顔を上げる。
「今は執務中で、ここはアンタの執務室だ。」
つい先程までの情熱的な舌の動きの主とも思えぬ、淡白な声音。私は、いつのまにか床に押し倒す格好になっているオスカーを見下ろす。私が一方的に仕掛けたように言われるのは大変不本意だけれども。
「確かに、貴方の執務服は脱がしにくいですからねぇ。今日の夜に改めましょうか。」
仕方なしに応じると、
「そういう問題か!」
言いながら、彼は身体を起こして服を整える。
「夜では遅い。仕事上がりにまたあっちに寄る。」
続けられた台詞と、指差された私室のドアに、私は再び吹き出した。フン、と彼は鼻を鳴らし、
「安心しろ。その時は自分で脱ぐ。」
ニヤリと笑うので、 「まさか、そういう問題だったとは。」 私はまた腹筋を痙攣させる羽目になった。



終。


【エピローグ:堅い友情の行方】


---Side: Julious---


書斎の机で、再び手紙を開く。何度こうしたか分からぬな、と自分の行いに嘆息する。
何度でも香る、匂い檜葉の香りが鼻をつく。
甘いパインのような。オスカーには不似合いというものだろうと思う。
そして、綴られた文字に目を滑らす。
学者ならではの、少し癖のある、けれども読みやすい文字。
喰えない男の、詩人には遠いが、実用十分な隠喩。

年季では、私の方がずっと上だと文字を右手でなぞりながら思う。だからいいのだ。
今は野薔薇で咲きたいというなら、咲けば良い。
胸の痛みには慣れ切っていたが、寧ろ私はこうなって、初めてこの気持ちに高揚感を覚えていた。
なぜならば、今度は相手がはっきりとしている。それも同性で、同じ守護聖だというのだから。
「どう頑張っても、私は女性にはなれんからな。」
独り言が音を伴って、私は自分に苦笑した。
机に手紙と封筒を下し、私はコツコツ、と指先でそれを叩く。
「豪奢な薔薇・・・か。」
私の庭に咲く薔薇を、豪奢と一言で片付けられたのでは溜まったものではない。返事を書くべくして、私はやっと羽ペンを取る。
書き出しはどうするか、やや考えてから、ふと思いついて書きとめる。

「永遠なる友よ」

ルヴァと私の、堅い友情に相応しかろう。
うむ、と自分の字面を眺め、密かな皮肉に笑みを深めた。



終。

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