第1章 浅い眠り


「ち・・・」
ただでさえ、会いたくもない相手に会わなければならないというのに、この上雨までぱらついてくるとは・・・と、思わずには居られなかった。
憂鬱な気分は、嫌な思い出までを呼び起こす。そう、初対面からして、あいつはいけ好かない奴だった。

頬に当たる風は、湿気を帯びて重い。
「はぁっ!」
手綱を引きしめ、速度をあげようと思うと、「わかっている」とばかりにひきしめる直前から愛馬アグネシカがその足を速めた。
「お前みたいに俺の気持ちを、みんながわかってくれりゃあ、苦労はないんだがな・・・」

このまま、あいつなんかのところなぞでなく、どこかもっと見晴らしの良い場所、或いは、誰ぞ柔らかな腕の持ち主のところに向かいたいもんだ、と思いながら、俺は奴の私邸へと急いだ。

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「誰か!!誰かいないのか?!」
目的の場所についたはいいが、どうも様子がおかしい。外には門番がおらず、ゲートには鍵がかかっていなかった。仕方なくそのまま進み、館の扉の外に、アグネシカをつないで中に入る。
ぶるる・・・と、彼女が不安そうに首を振った。つぶらな瞳に、「心配すんな。」と声をかけ、扉に向かう。
しとしとと降りしきる雨の中にたたずむ洋館からは、妙な威圧感が漂っていた。
木製の両開きの扉は俺の身長の3倍はあろうかという大きさだが、やはり鍵がかかっていない。

「不用心な・・・」
力を込めて開くと、扉の重さにまるで似つかわしくない、
キィッ
堅く軽い音がした。

エントランスホールは暗く、誰もいない。客人を出迎えもしないとは、奴の教育がなってないのか、ただの不用心なのか・・・
「誰か!!」
目が慣れるまで、何度か目をしばたき、奥に目を凝らずが。奥の扉や、階段がぼんやりと認められるだけで、やはり人の姿は見あたらない。

すっかり濡れて重くなったマントが鬱陶しい。早く誰かに預け、暖かい飲み物でも飲まねば風邪でも引きそうだ・・・
「誰か!!いないのか!!」
と、もう一度叫ぶと、100Mほど奥にある気障な白い螺旋階段から、奴が現れた。例のずるずるとしたローブではなく、タイトなブルージーンズにグレーのような、シルバーのような透けた素材のニットパーカを着ている。
まあ、公務でないときはこんなラフな感じなのだろうか?

俺の姿が認められる位置まで歩みを進めると、手すりに上半身をもたせかけ、こちらを睨んでくる。
「リュミエール!誰か世話人はいないのか?マントを脱ぎたい!」
聞こえるように大きな声で声をかけると、
「そんなに大きな声を出さずとも聞こえています・・・」と、
ため息混じりに奴が言う。
なるほど。ホールに反響効果があるのか、確かに奴の通らない声でも十分聞き取ることができる。
「そうか、しかしお前だけなのか?誰も世話人が出てこないようだが。」
と、誰ぞにマントを預けることを諦めた俺は、それを外す。
しかし奇妙だ。館の主しかいないとは。館の主も妙な奴だから仕方がないのかもしれないが。
どうやら暖かいコーヒーは望めそうもない。ならば、こんな辛気くさいところは、さっさと用事を済ませて立ち去るに限る・・・「今日、ここに来たのは・・・」と早速要件をすますべく、話し始めようとすると、
「今日は新月です。オスカー。」
と、遮るように奴がいった。まるで俺が重要な事実を無視していることを、攻めているような口ぶりだ。
「はあ?」 
何を意味しているのか全く分からない。はっきりいって、こいつやクラヴィス様のもったいつけたような、隠語のような会話は俺にはまだるっこしいだけだった。
「新月だから何なんだ。そんなことより、俺はお前に伝えることが・・・」
と、本題に戻そうとすると、
「分からない人ですね。帰ってください、と忠告しているのですよ。」
と、奴が再びため息をつく。額に左手をあて、「これだから馬鹿と話したくないのだ。」とでも言わんばかりだ。
馬鹿はお前だ・・・と言いたかったが、奴の戯言につきあっても居られない。寒気がする。このままでは本当に風邪をひいちまう。
「女王陛下からの通達だ。明日の午前9時、緊急の会議がある。通常ならば文書伝達のところだが、極秘とのことで、俺が連絡役に選ばれた。他の方達にはもう通達し終わっている。確かに、伝えたからな。」
早口にまくし立てた。
「ふ・・・」と口元だけで笑うと、「何故私が最後なんです?」と言いながら、奴がこちらに向かって歩み始める。
「そんなのお前が一番嫌いだからに決まってるだろうが!」と言ってやりたかったが、
「まあ大体、今日は私邸で休まれている方が多いからな。各人の私邸の配置の問題だ。」
「暖かいコーヒーがいただける様子もないし、風邪を引きたくない、確かに伝えたぞ。」
せいぜい嫌味っぽく言い放ってやって、俺はくるりと奴に背を向けた。
嫌な役目だったが、なんとか終えた。

早く邸に戻って休みたい気分だった。こいつと話すとどうも仕事をする気力が失せる。この嫌な気分の根源がいったい何なのか、見当もつかない。
『あわん』と言えば、ただ相性が合わない、それだけのことかもしれないのだが・・・

そんな事をぼんやりと考えながら、おそらく植物をモチーフにしているのであろう、美しい木彫りが施された両開きの扉に、手をかけ、帰ろうとしたその時だった。

すぐ背後から、
「私は忠告した。無視したのはオスカー。貴方です。」
と、奴の攻めるような声がした。その声を聞き終わるか、終わらないかのうちに、どぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーっと。風が吹くような轟音が耳で響いた。続いて世界がゆっくりとグレイアウトしていく。

な、なんだこれは?!と思ったのもつかの間。
視界が完全にブラックアウトし、何も見えず、聞こえるのは轟音だけ、という状態が10秒ほど続いただろうか?やがて、音もだんだんと遠く、小さくなり、闇と沈黙だけが、俺を包んでいった。

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ふと我に返り、「さて、どうしたものか」と思った。
気を失って、無防備に地面に顔をすりつけている、この招かれざる客人の処分に、私は半分困ったような、半分好奇心が芽生えるような。
妙な気分に襲われていた。

しかし、ちょっと三半規管をつつかれたくらいで、気を失うとは。
見た目に似合わず柔な身体をしている。どうせ女に見せるための筋肉以外は、ろくに鍛えていないのだろう。そもそも本当にこの者が武道をたしなんでいるのかすら、怪しく感ぜられた。
何の苦もなく、背後から死角に入られ、何の苦もなく気絶させられてしまう「強さの守護聖」。
思わず吹き出しそうになるのを、必死でこらえる。
と、その時。

ドクン・・・・

不意に、身体の奥で、熱く脈打つ鼓動が聞こえる。
「ぐ・・・」
しまった。我に返った時点で、此方を外に出すべきだった、と今更してもしょうのない後悔をしてしまう。

新月は、いけない。
新月には、誰とも会ってはいけない。
この者も早く外に追い出し、独りにならなくては。

「は・・・ぁ・・・」
熱く、脳の奥が焼けるような感覚がする。
喉が烈しく渇く。

ドクン・・・・

「オスカー。貴方、なんて時に来てくれたんです・・・?」
唾を飲み込みたかったが、うまく飲み込むことができない。
ちからなく、舌が震えるだけだった。

ただのトラウマだ。
ただの。
もはや遠い過去の事だ。私には、今や地位と、権力と、強さがある。
そしてこんな私を理解して受け止めてくださる方も・・・
それだけで、十分だと。十分すぎると、思っているのに。
何故・・・

『八つ裂きにせねば、ならない』
『爪の先まで蹂躙して、完全に、屈服させなければ、ならない』

『この渇きを、満たさねばならない!』

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白濁とした意識の中、キラキラとしたものがぼんやりと視界に現れる。ずいぶん凝ったシャンデリアだ・・・
白い天井に、クリスタルのシャンデリア。銀細工。
随分モノトーンで決められているデザインだな。俺なら間違いなく金細工にするが・・・

と、ここが自分の寝床でないことに気づく、はっと我に返り、反射的に身体を起こそうとすると、

ガキィッ

と妙な金属音がして、身体が引きつれた。

なん・・・だぁ?

と我が身をみれば、妙な細工が施された幅5cmはあろうかというバングルが四肢にはめられ、それがベッドの天蓋の柱にチェーンでつながれている。
と、いうより。
「なんで裸なんだ・・・?」
薄い綿製のタオルケットのようなもので、隠れてはいるが、自分の身体から衣服がすべて取り上げられていることは間違いなかった。
確かに俺は寝るときは何も身にまとわず寝るが、ここは俺の家ではない。
そして、この鎖は??
両腕のバングルにつなぎ止められた鎖を引きちぎろうと、目一杯力をこめても、かなり頑丈な作りらしく、びくともしない。かたや柱の方は木製だから、なんとかならんか、と今しばらく力を込めるが、全く無駄のようだった。
身体は目一杯起こしてもせいぜい20度か30度といったところ、両足も膝を寄せられるくらいで、足を閉じることすらできない。
もがいても、ジャラジャラと重たい音をならすばかりだ。

「気がつきました?」
今、いや、今に限ったことではないが・・・最も聞きたくない声が聞こえた。

「何の真似だ、これは!?」
と、出来る限り身体を起こしながら、声のした方を睨め付けると、

「ははっ!」
と、少年が笑うように眉を寄せ、首をかしげるようにして、奴が笑った。
そう、奴には全く似つかわしくないが「さわやかな笑い」とでも言おうか。
奴はダイニング用と思われる椅子に、後ろ前に馬乗りになって座っていた。
随分粗野な座り方だな。それじゃ、まるでランディだ。
椅子には、またしてもアールデコ調の木彫り。奴の家はこればかりだな。
複雑にうねった過度な装飾技法は、性根のひねくれまがった奴にぴったりだ。

華奢な背もたれの上で組んだ腕に、白く細い顎をのせると、
「そんなカッコでにらみつけても、間抜けなだけだよ、オスカー。」
と、奴が目を細める。
「ちなみにそれ、プラチナ。簡単には外せない・・・」
「だよ」というのが妙に気になる。いつもの嫌らしい、敬意のこもってない「デスマス」はどおした。とは思いながらも、背中からチリチリと焦燥感が涌いてきた。
俺は、どうして、ここに、拘束されてるんだ?それも素っ裸で。

「ん。さて、何をして遊ぼうか?」
やあ楽しいな、と、さも可笑しそうにやつが笑う。本当に、これは奴なのか?
妙になれなれしい態度。普段のお堅く冷徹な奴の態度からは想像もできない。
しかも瞳が妖しく濡れている。ヘロインでもやってるみたいな顔つきだ。
かといって、ドラッグなどの香りもしない。
「何が目的だ。」
低く唸るように言うと、
「どうして欲しい?」
と聞いてくる。質問を質問で返してくる奴は大嫌いだ。
「今すぐ解放しろ。」
言っても無駄かもしれんが、念のため言ってみると、
「それは無理だな。」
案の定一蹴される。

暫く視線だけの応酬を繰り返すと、
「・・・お前は・・・。誰だ?」
と、なんとか口にした。恐怖・・・ではないが、この形勢の悪さに、何かしらの威圧感を奴から感じていることは間違いがなかった。

「・・・リュミエールだけど?」
と、奴が心外そうに眉を顰める。

この応答で、普段俺が接しているリュミエールではないことは、確信できたが、やはり状況はわからなかった。俺は、なんのため拘束されて居るんだ?

突然、
「飲み物いるかい?」
と、明るく言われ、思わず頷いてしまう。喉がからからで、声を出すのもやっとの状態だった。奴に監禁されているのは間違いがないが、すぐに危害を加えるようにも見えなかった。
「ふふ。」
と、微笑みを残し、奴が部屋をでていく。
なぜ、俺を監禁する必要があるのか、よくは分からないが、その表情や物腰は、普段のリュミエールよりなじみやすい人間ような気すらした。
俺を監禁したのが、普段のリュミエールで、あいつはそれに協力しているとか・・・というか、リュミエールは実は双子の兄弟だとか?しかし、服装はエントランスホールで会ったときのリュミエールそのものだし・・・
つまらない推測をするが、どれも情報が少なすぎて的外れのような気がした。
ぐちゃぐちゃと、とりとめもないことを考えている内に、奴がマグカップを二つ持って部屋に戻ってきた。
どうせ変な香りの付いたハーブティーだろうと、高を括っていたが、なんと豆から挽いたらしい香りのよいコーヒーがやってきた。
部屋中に香りが広がる。香しい。キリマンジャロ系だな。

マグカップがベッドサイドテーブルに置かれる。
手足を拘束されたままではコーヒーなぞ飲めないぞ。手足の拘束具はどうやってはずすのだろう、と手元のバングルを観察していると、ギッとベッドをきしませて奴が近寄り、おもむろに、片手で後頭部の髪を鷲づかみにされ、ぐいと後ろに引かれる。
「っ!!」
バランスを崩し、思わず顎があがる。
そこにすかさず奴が口移しで熱いコーヒーを流し込む。
「XXXX!!!」
何しやがる!!と言いたかったが、声にならなかった。
溢れたコーヒーが頬を伝い、ぼたぼたっと、白いシーツにシミをつくる。
足をじたばたさせ、身をよじって抵抗すると、あっさりと奴は引き下がり、自分の分のコーヒーをサイドテーブルですすりながら、喉の奥で笑いをかみ殺しながら、
「もう一口いる?」
なぞという。
もう一口どころかもっと沢山飲みたかったが、口移しはごめんだった。
黙って睨め付けていると、無理矢理もう一度ねじ込まれる。
ぐ・・・喉に詰まらせて嗚咽をもらすと、満足そうにやつがにんまりと微笑む。
「い、いったい何のつもりだ!!」
悪寒で自分の首筋の毛がぞわり、と逆立つのを感じる。
いや、それだけではない。動悸がし始め、睨み付けた奴の顔が、少しずつ、ぶれたように見える。
「き、貴様・・・何、、、を入れやがった!」
呂律まで回らない舌を無理矢理に動かすと、唾液が口の端を伝う。
息苦しかった。酸素を求めて、大きく呼吸をしようとするが、喉からひゅうひゅぅと変な音がし、苦しさが紛れない。貧血を起こしたときのように、血が重く、下がっていくような感覚が襲う。
「あんまりパニックを起こすと過呼吸になるよ?落ち着いて一旦息を止めないと、また気を失うかも。」
癪だが、過呼吸を起こしかかっているのは間違いなかった。
毛穴という毛穴から、脂汗がどっと吹き出し、指先から血の気が失せていくのを感じる。
おとなしく言うことをきき、焦る気持ちを抑えながら、しばらく呼吸をとめていると、少しだけ落ち着いてきて、脂汗は収まってきた。だんだんと血の気が引く感じも収まり、身体が少しずつ暖まるのを感じる。しかし、動悸だけは収まらない。

それに、体温が上がるのと同時に、頭の芯が熱っぽく、じ・・・んと鈍く痺れてきた。顔をシーツに擦りつけ、通常の感覚を取り戻そうとするが、動けば動くほど、痺れが一層ひどくなるようで、
「んっ・・・。。」
変なうわずった声が自ずから漏れ出る。くそっ・・・正気を保たなければ・・・唇を力一杯噛みしめる。

ぎっと、ベットに片膝と片腕をつきながら、奴が上から顔をのぞき込んでくる。うるんだような、熱っぽい瞳。思わず顔を背けると、
「躯が熱っぽい?」
と、耳元で囁かれる。吐息が、首をなぞる。
身体が反射的に、びくり、と蝦反る。
「・・・ッキショ!」
こうなってみて、初めて、これから自分になされようとしていることに薄々思い当たる。そんなはずはない。そんなことは。
信じたくなくて、思わず頭を振る。
自分の置かれた状況のやばさ加減に、背筋が寒くなる思いだったが、身体はその反対に熱さを増している。むずかゆい甘い痺れが、全身を支配していく。
「ちきしょう?汚い言葉は汚い精神を産むんだよ・・・オスカー。」
耳元の囁きは笑みをかみ殺しながら発されていた。心底楽しんでやがる、そう思うと、悔しくてしょうがなかった。
「覚えて・・・はぁ・・・・・・んっ!!」
覚えてろよ、と言いたかったのに、耳元をぞろり、と舐られて、
変な甲高い声が、鼻から抜ける。
クツクツと、奴の笑い声が聞こえる。
あまりの悔しさと、情けなさに、じわり、と目頭に熱いものがこみ上げる。
「あーぁ、泣いちゃった。可哀想に・・・」
ぺろり、と奴が目尻の涙を舌ですくい上げる。ざらざらして、気持ちが悪い、そう思っているのに。
「く・・・んっ」
「いい声」
うっとりするように呟きながら、やつの舌がまた耳元にやわやわと、皮膚をなぞりながら移動する。と、突然、耳たぶを甘噛みされる。
「やっ・・・や・・・めろっ」
跳ねる身体をとめられない。うわずった声で抗議するのがやっと・・・と思ったとき、食いちぎられんばかりに、奴の歯に力がこもる。
「がっぁ!!」
痛みに悲鳴を上げると、奴が残酷な笑みを浮かべながら、顔を覗き込んでくる。口元には、血が滴っていた。
耳元では、チリチリとした痛みが収まるのと同時に、ズキズキとそこが脈打つように熱を持ってきている。どうせなら、この痺れがすべて吹っ飛ぶほどに痛めつけてくれれば良いものを・・・と、恨まずにはいられない。

奴は、身体を起こして、ぺろりと、口の周りを舌でなめ回し血をぬぐうと、ばさっと、容赦なく俺の上にかけられた薄布を取り払った。
分かってはいたが、何も身につけていない自分がまざまざと露呈され、思わず身体から目をそらしてしまう。
服を着たまま、奴は俺の上に馬乗りになり、「良い眺め♪」といたずらっぽく笑う。やつの細い髪が、さらりと頬を嬲る。それにすら、いちいち身体が反応するのを恨めしく思った。
ぎしっ、とスプリングを弾ませながら、奴は左手と両膝で自分の身体を支え、右手のひとさし指で俺の額をなでる。つつ・・・と、右目尻、頬、耳元、首筋、と点検するように輪郭をなぞっていく。
「日焼け・・・してるね・・・」
「ん・・・」
声を出さないように、唇を堅く噛みしめているのもむなしく、鼻から吐息が漏れる。奴のじっと植物でも観察するような眼差しが鬱陶しい。
つ・・・・と、奴の指が首もとで止まる。
チャラリ・・・と細い金属音がした。俺がつけていた金のネックレスをやつが弄んでいるのだ。
「これ・・・取るの忘れてたな・・・」
チャラチャラと指に巻き付けてしばらく遊ぶと、先につけていた、小さな金のプレートをひっくり返す。
「J.....」
奴がそこに書かれたイニシャルを読み上げると、何故か、ぎくり、と俺の身体が強ばった。
「ふ・・・ん。面白くないな・・・」
奴は身体を起こすと、不愉快きわまりない、という表情で、目を細めて俺を見下ろす。
「な、何がだ。」
「君と、ジュリアス殿の麗しき主従関係に決まっているじゃないか。」
お前だって、クラヴィス様と・・・とか、貴様、ジュリアス「殿」だとっ!?
だとか、反論したい思いが、ぐわり、とこみ上げてきたが、
「これは僕が預かろう・・・」
という奴の声に、堪えざるを得なくなる。
ぶちぃっと、乱暴に、容赦なく金鎖を引きちぎる。くそ・・・せっかくの頂き物が・・・
シャラリと、それをサイドテーブルに無造作に投げ出すと、「つづきつづき」と奴がまた嬉しげにその細い指で身体をなぞる。つい、と首筋から、胸元へ。
乳首のまわりで、くるくると周回する。
「女の子みたいに堅くなってる・・・」
事実、俺のそれは、ぴんと張り詰めたような状態ではあったが、その言葉を聞いて、頭にかっと血が昇るのを感じた。俺は女じゃないっ!
「したいことがあるなら、さっさと勿体ぶらずにすればいいだろうっ!」
言い切ったことで、覚悟が出来た。後で百倍でも二百倍でもして返してやればいい。身体はともかく、俺の気持ちはだんだん冷静に、座ってきた。
けれど。
「ふふ・・・それじゃ、そうするとしようか。」
妖しく奴の瞳が光る。
「んあぅっ!」
突然乳首を舐られて、思わず声が上がる。くそ・・・自分の手で、いっそ口を塞いでしまいたいが、力一杯腕を寄せても、とても顔まで指が届かない。
バングルが、ギリリと手首に食い込む。火照った自分を正気につなぎ止めるには、少しは役に立つかもしれないが・・・
舌で転がされ、押しつぶされ、吸われ・・・さんざん弄ばれたそこがジンジンと痛みを発してくる。だめ押しに歯を当てられて、
「つっ・・・」
小さく悲鳴を上げてしまう。
「このままかみつぶしたら、恥ずかしくて二度と女が抱けなくなったりして・・・」
喉の奥で笑われて、ぞっと、悪寒が走る。
「ふ・・・はははっ」
と、俺の反応を見て愉快そうに笑う奴が許せなかった。プィと顔を逸らすと、
「・・・馬鹿だなあ。まだ自分の置かれた状況が分からないの?僕が優しすぎるから・・・かなあ?」
と、また恐ろしいことを言う。

にやけたその表情が、急にまじめな顔になり、
「ん・・・ちょっとまって。良いこと思いついた!」
と、身体をぐいと引き起こして、ぱたぱたと部屋を去る。

つかの間の平和な時間に、
「このまま帰ってこなけりゃいいのに・・・。」
叶うはずのない願いが、思わず口からこぼれ出る。

もはや時間の感覚はよくわからなかったが、しばらくすると、奴が部屋に戻り、「ついでにもっと良いものを見つけてきたよ♪」と、胸に抱いた、いくつかの物体を、サイドテーブルにゴトゴトと置きはじめる。
見るのも嫌だ・・・とは思ったが、これから我が身に起こることを少しでも予測しなければ、と本能が感じるのか、目をそらすことが出来ない。
けれど、観察したところで、それらがなんだか見当もつかなかった。
ゴルフボールより少し小さいくらいの、おそらくステンレス製の球状のものがいくつか・・・それから透明な瓶に少量詰められたメープルシロップのような、ジャムのような物体。
置き終わると、しばらく、たったまま俺の身体をなめるように見ていたが、
「このままじゃ、おもしろくないかな・・・」
と言い、ベットの頭側に回り込む。何をするのだろうと、よくは見えないが、身体をよじって、そちらを見上げると、俺の右手と天蓋の柱を固定している鎖に手をかけ、カチャっと苦もなく柱からはずすではないか。
「え?」
思わず間抜けな声が出る。鍵か何かで固定してあると思ったのだが?いや、そんなことはどうでもいい。片手が自由になったのだ。

ぐい!と、力の限り、片手を寄せ、瞬発力を使って、奴の手から自由になろうと藻掻く。
「!」
ところが、その力をそのまま利用されるように、反対側の柱にガチャリッと、今度は右手が固定される。
「残念☆」
と奴がほくそ笑むのが分かる。
両手がまとまったので、はりつけのような状態からは解放され、身体は少し楽になったが・・・。
ちきしょ・・・。と思ったのもつかの間、今度は、奴がベットの足側にすたすたとまわり、左足と柱をつなぐ鎖がはずされ、あっという間に反対側につながれる。
同じように、左手、右足、と反対側に鎖が付け替えられ、気がつくと、うつぶせに固定されていた。
大事な部分が照明から隠れるだけ、この方が、いくらかマシかな。などと、また、つまらないことを考える。

大間違いだった。

「これ、下に引くね。疲れるだろうから。」
でかくてやわらかいクッションを腹の下に入れられ、まるで四つ這い状態にされる。
くそ・・・。羞恥心で顔から火が出そうだったが、解放されたら百倍にして返す、と呪文のように心で呟いて、なんとか耐えきる。死んだ方がましだ、なんて考えがちらりとよぎるが、すぐに俺が死んだらかなりの迷惑が聖地に、ひいては宇宙にかかることを思い起こし、守護聖に自ら死ぬ自由など与えられていないのだったと思い当たる。
しかも、させられた格好から、自分がこれからされることが、信じたくない、と先ほど思っていたことに間違いない、と再認識させられ、絶望感に頭がくらくらした。

奴は、俺の足の間に陣取ると、「よいしょ」などと言いながら、尻を大きく開き、明るみにさらす。くそ・・・医者にだってこんな格好を見られたことはないのに。
「オスカー、男性と経験は?」
「あるわけないだろうがっ!!」
思わず聞かれ終わる前に遮ってしまう。嫌だ嫌だ。絶対に嫌だ。と、思ってもしょうのない台詞が頭をぐるぐると駆けめぐる。
「それじゃあ、しょうがない。」
と、サイドテーブルに長い腕を伸ばし、さっきのジャムのようなものを俺から見える位置に置いた。蓋を開けてもいないのに、オレンジのような、柑橘系の甘い香りがする。
腕を伸ばして器用に片手でビンの蓋を開ける。いつの間に着けたのか、手術用の手袋のようなものが奴の手にはめられていた。その細く白く、長い指が二本、中の蜂蜜色のゲル状の物体をすくい上げる。
「な・・・んなんだ・・・・ソレ・・・・」
おそるおそる尋ねると、
「これはね、僕が育てている珍しい食虫植物の実から取れるんだ。」
説明になっていない説明をしながら、肛門の周りに丁寧に塗り込める。
「ん・・・くぅ」
急な刺激にまた情けない声が上がる。
くそ・・・いっそ叫べば、この鼻から抜けるような変な声を抑えられるのだろうか?
「ぐ・・・・・・うっ」
出るところであって、何ものも進入したことのないところに、指をゆっくりと一本入れられ、低く曇った声が出る。圧迫感と、違和感に早速脂汗がにじんできた。
「きつい・・・」
あたりめーだ!!と思う反面、何故か自分が全く経験のない生娘であることを相手に悟られたような錯覚に陥り、顔が赤らむ。
「んぅ・・・・うっ」
こちらが脂汗だらけになっていることなどお構いなしに、指は奥へ奥へと、ゆっくりだが、確実に突き進んでくる。
「お・・・・ぼえて・・・・ろよっ!」
と、涙目になりながらも、なんとか絞り出すように言うと、
「いつまでつづくかなぁ?その虚勢・・・」
と、挑戦的に奴が顔を覗き込んでくる。
この・・・・・サドゲス野郎!!
身体が、痛みと、慣れない違和感に小刻みに震える。きっと、裂けちまう・・・とは思ったが、快感よりも、痛みの方が、精神的なダメージはまだマシだった。
しばらくジリジリと進むだけだった指が、急にグリリ、と中で旋回する。
「ひっ!」
一際高い悲鳴が、上がってしまう。あまりの痛みに枕に涙がこぼれ落ちる。と、急にすっと、下半身が楽になった。指が引き抜かれたのだ。
ほっと息をつくと、
「前にも・・・ね。」
と、呟くように奴がいい、又ビンの中に細い指が入る。
今度は、クッションに押しつけられた前のものに同じものが丁寧に塗られる。
「ふぁ・・・・あっ!」
ただ、塗り込められているだけなのに、触れられたソレは、すぐに達してしまいそうな程に、いきり立っていた。
「あぁ・・・・っん!」
もう、我慢できない・・・と、そう思ったとき、またふぃと指が去っていく。
「さて。僕の役目はこれでお仕舞い。」
にこっと笑い、奴は身体を起こすと、ぎしっと、音をさせて、ベッドから降り、サイドテーブルに付けられた簡易的な椅子に腰を下ろした。
「??」
よく分からない事態に、困惑していると、奴はすっかり冷めたコーヒーに口を付け、
「何か僕にして欲しいことが出来たら言ってね。」
と、爽やかに言い放ち、テーブルの近くに無造作に置かれた本の一つを取り上げ、読み始めた。
よくわからないが、助かった・・・のか?と半信半疑になりながらも、強ばった身体から。力を抜いた。急に眠気が襲ってくる。平日は12時前に寝るが、もうきっと1時をゆうに回っているだろう。あるいは3時くらいになっているかもしれなかった。当然と言えば、当然だ。
このまま、眠ってしまいたい・・・・そう思ったとき。
「っ!?」
下半身から、妙な感覚が襲い、身体が跳ね上がる。
虫が、大量の虫が下半身をかけずり回っているような感覚がして、思わず、首を精一杯まげて、確認するが、何も起こった気配はない。
チクチクとした細かな痛みが、だんだんと変な感覚を呼び起こしていく。

どくん・・・・・

「ふぅ・・・・・んっ」
自分の声とは思えない甘えた声が抜ける。
だ・・・・れかっ!!
と、叫びたかった。シーツをぐっと握りしめるが、わき上がるような妙な気持ちが収まらない。
思わず、腰を浮かせてから、クッションに思い切り身体を擦りつける。
「んんぁ!!ぁぁっ!」
ゾワゾワゾワっと今まで感じたことのない快感が背筋から足の指の先までを駆け上がる。
こちらの緊迫した状況を完全に無視して、リュミエールはコーヒーを飲みながら、
ぺらり・・・
と、呑気にページをめくっている。
なんとかしなければ・・・なんとか・・・・と、焦燥感が募る。
「ふっ・・・・ふっ・・・・」
息を整え、この感触は幻覚だ・・・幻覚・・・・と、言い聞かせる。
心頭滅却すれば・・・との、必死の想いも空しく、

ずきん・・・

と、身体が跳ね上がる。快感から逃れようと、腰が淫らにくねってしまう。
「っんぅ!・・・・んくっぅ・・・はっぁ・・・!!」
藻掻けば藻掻くほど、事態はひどくなることが分かっているのに、腰を、身体を振らずにいられない。とりわけ、身体の中に塗り込められた部分が、煮えたぎるように熱い・・・
「リュ・・・ミッエー・・・ルッ!!」
恨みがましく、その名を低く叫ぶと、
「どうしたの?何かしてほしい?」
と、顔だけをこちらに向けて、にんまりと微笑む。頭が沸騰しておかしくなりそうだった。頼む、とってくれ、掻き出してくれ、と口の端まで出かかって、
「た・・・・んっ!」
あわてて唇を噛みしめる。耐え難い欲求に、ぶるぶると身体が小刻みに震える。
「あーぁ、我慢は身体によくないのに・・・しょうがないなあ・・・」
その群青の瞳を呆れたとばかりに眇め、奴はテーブルの上から例の鉄球のようなものを手に取る。ジャララと、派手な音が鳴り、残りの鉄球がテーブルから滑り落ちる。
すべての球は、細い穴が穿たれている。その穴に細いチェーンが通され、すべての球が繋がった形になっているようだった。チェーンの両端には、留め具のような金具がついており、球がチェーンから外れないようになっているらしい。
俺は、ぼんやりとそれを目の端で追いかけながら、なんでもいいから、早くこの身体をなんとかしてくれ!と、叫び出したい気持ちと戦う。
「ふ・・・ぐぅ・・・」
枕に顔を押しつけて必死に耐える。
奴は俺の痙攣しかかっている両足をぐいと、外側に開くと、その間に身体を割り込ませる。
内側に塗られた物を、掻き出して欲しいという期待が高まり、本能的に腰がずり上がってしまう。腰を浮かしてから、しまった、と恥じる。
「どうして欲しいの?」
と、いやらしくリュミエールが聞く。
ッキショゥ・・・
シーツを握りしめる力が、悔しさからギュ・・・と強まる。

クチュ・・・

そろり、と再度指が一本、そこに入れられ、淫猥な音がするのを聞く。先ほどのような痛みは微塵も感じず、あろうことか、悦びに思わず腰がビクンと飛び上がる。
奴が、指を入り口に入れたまま、ずり上がるようにして、耳元でそろり、と囁く。例の潤んだ瞳がすぐ近くで光った。
「今度は柔らかい・・・ここをこうして欲しかったの?」
思わず、目をそらそうと、枕に顔を埋めると、
「僕は上で、君が下だよ。オスカー。まだ分からない?」
と、悲しげな、或いは哀れむような声(おそらく演技だろうが)で、奴が問いかけ、ソコから指を乱暴に引き抜くと、ベットの上に放り投げていた、例のボール状のものをとりあげ、あてがう。
「やっやめ・・・・!!」
突然のあり得ない行動に、上ずった、怯えたような声を出してしまう。

「や・め・な・い♪」
やつがいたづらっぽく笑う。

ひやり・・・という金属の冷たさが、自分の恐怖感とあいまって、ぞくり、と背筋を駆け抜ける。

構わず、リュミエールの指にぐっと力が込められる。
「ひぐっぅ」
あまりの圧迫感に悲鳴をあげるが、そんなことはしったことか、とばかりに容赦なく力は強まっていく。
「む、りだ、りゅみえっるっ!」
懇願するような一際情けない声が上がる。
「息をゆっくり吐いて、じゃないと辛い・・・」
辛さの元凶のくせに、親身になって心配している人間のような事を言う。
声の優しさにつられてか、或いは痛みに耐え切れなかったのか、自分でも分からないが、思わず、
「ふぅう」
と声を出しながら息を吐き出していた。すると、
ちゅんっ!
と妙な音をさせて、一つ目のボールが収まった。挿入している最中のような痛みは消えたが、下腹を鈍い重さが支配する。
「ちゃんと入り口も裂けずに収まったよ?」と熱っぽく言う。

痛みから解放された、という安堵を感じたとたん、また、中が熱を帯び始めてくる。煮えたぎるように熱い。無意識にボールを締め付けて、
「あ・・・うっ!」
身体が飛び跳ねる。身体が揺れると、ジャララッと、金属音を立てて、ソコから連なるボールまでが揺らぐ。
「ひっ!」
そとに向かって、飛びだそうとする力がかかり、また、中がぎゅぅと閉まる。
「どうすれば、楽になるのか、もう分かってるんでしょう?」と、
耳元で奴が、囁く。
嫌だ・・・嫌だ・・・と、首を振ると、
「どうして欲しいの?言ったら、楽にしてあげるから。」
と優しい声が耳を舐る。耳元、首筋、襟足、と優しく、だんだんと烈しく吸われ、
「はぁあぁっ!」
身体がくねるのを止められない。ボール共が、ジャラジャラとうるさい。
頭が、身体が、熱い。渇く・・・
「もっ、やめてっ・・・くれ!」
朦朧とする意識の中、なんとか言葉にする。
「どうして欲しいの?」
奴が、襟足、肩胛骨、腰、尻と口づけを繰り返しながら聞く。
「ひっぁ・・・い・・・かせ・・・て・・・」
何故。こんなことになったんだ。なんで・・・
「あっん!!!」
突然中に入っていたボールを抜かれ、声が上がる。
下に引かれていたクッションも取り除かれ、奴が俺の身体の下に潜り込む。
ぱく。と、咥えられただけで。
「んぅ!」
身体が一際大きく反応する。
足の爪の先まで、痙攣しているような感覚が襲う。
見えるわけがないのに、奴が笑ったような気がしてしまう。
そろそろと舐めあげられ、もう我慢できない、と思うのだが、根本を奴の細くながい指が、ぎゅっと押さえていて、気をやることができない。
子供が嫌々、とだだをこねるように、首を振り回すが、解放されない。
「も・・・むりっ!だ、りゅっみえっる・・ぅ」
甘えた声が出るのを、もはや押さえる気力すら失せていた。
奴が咥え直す度、チュパッと派手な音がする。二本、後ろにも指を入れられ、乱暴にかき回されるが、痛みはない。むしろ腰が踊ってしまう。
「んぅ!はやくっぅ、おねがっぃだっ!」
朦朧としながら口走ると、奴が、根本を押さえつけた、手の力を緩める。
とたん、ブルブルブルブルッと、身体の奥から、白くわき上がるものを感じ、
「ああぁあぁあああああああっ!!!」
自分の声とは思えないような絶叫が、遠くで聞こえた。


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