俺達のオクトパス・ガーデン
それは海の底にあって 岩陰のオクトパス・ガーデン
指図する奴なんか誰も居やしない
歌ったり踊ったり、好きに過ごせばいいさ
誰にも見つかる心配はない
そうさ 俺達のオクトパス・ガーデン
「なんだぁ?その調子外れの歌は。」
遅過ぎるブランチ・・・つまり昼食?のようなもの・・・を用意する俺の背後から、眠た気な声。それにしても、俺の美声に調子外れとは失礼な・・・。
「元々こういう旋律なんだっちゅーの!・・・てか、まだ寝とってえーよ?起こしてもーた?」
スープの温度を気にしつつ、水にさらしていたサラダを、ザルにあけて、キッチンペーパーで水気を拭き取っていく。飲食店は、経営するより、実際にキッチンする方がずっと面白い・・・が、残念ながら、のめり込んでしまう程、面白いのがなぁ等と、せんない事を考えつつ、手を動かしていると、「んー?あー。」と、リビング兼寝室から、生返事と共に聞こえる、ジッポの灯る音。
「ターバーコーはー!!外やっちゅーとろーがッッ!」
青筋を立て、身体ごとリビングに向き直って言うも、布団からずりずりと身体半分抜け出しただけで、ちゃぶ台に肘を付いて紫煙を燻らせる男には全く効果がない。
「わーってるって、賃貸だっつーんだろ?下の夫婦なんか、壁ぶち抜いてリフォームしてるらしーぜ?」
器用にタバコを加えたまま発音するレオナードは、寝癖で頭がボサボサで、上半身は素っ裸で下は部屋着のハーフパンツ。ボリボリと無精髭が生え始めた顎を無骨な手で引っ掻いているという庶民的極まりない絵面だが、どこか無防備さがセクシーでもある。・・・ほんまかいな?我ながら、目が腐っとるのかもしれん。
「あれは、リフォーム込みで賃借してんねんて。ウチは出てく時にクリーニングせなあかんの!」
プイ、とキッチンに向き直って、サラダの水分の拭き取りを終えて、このまま起きる様子のレオナードを確かめ、スープの塩加減を最終調整する。
「じゃあ洗えばいーじゃねーか。」
「だーもー!!ああ言えばこう言う!!」
絶対クリーニング会社なぞ頼まん!俺は自分で清掃してヤニの一つまで落としたる!!心に誓いながら、結局室内の喫煙を看過する羽目になっていることに気づく。あーもー、と独り溜め息を付きながら、サラダをボウルに盛りつけ、自作ドレッシングをもう一度菜箸で撹拌しながら回しかける。
レオナードが大量に食べるため、いつからか、サラダは個別に皿に盛り付けることを止め、大皿に大量に盛りつけ、レオナードが好きなだけ食べて、残った分を俺が食べるというスタイルで落ち着いてしまっていた。
丁度焼き上がった頃合いのガーリックトーストをトースターから取り出して、新聞の上にキッチンペーパーを敷いただけの簡易の皿の上に並べる。それほど大きくない木目のちゃぶ台は、大きなサラダボウル、ガーリックトーストを乗せた新聞、目玉焼きとベーコンが乗った皿二つ、コーンポタージュが入ったお椀が二つで、既に一杯である。
「いつまで裸で居んねん」と部屋のカーテンレールに掛けてあったハンガーからシャツを一枚ひったくり、レオナードに投げつける。「何?目のやり場に困るってか?」と口の減らない男は、それを受けとって、身につけてから、畳に直置きしてある小さなブリキのゴミ箱型の灰皿に、吸い終えたタバコを押し付けて、蓋を閉め、配膳を手伝う。やがて、食事の準備が整うと、
「ショーユは?」
というレオナードに、はいよ、と食事の時にいつもテーブルに乗せている醤油の小瓶を手渡す。
この惑星に来てから、どれくらい経つだろう。正確な数字は、商売の記録を見ていけばわかるはずだが、普段はそれほど意識していない。この惑星の暦でおそらく1年程・・・?俺達も、守護聖だった頃より、1歳ずつ、年を取ったという事だろうか。退任後の守護聖の年齢が、各惑星の暦とどう連動するのか、よく分かっていない。エルンストがここに居たなら、きっとサクサクと計算機に計算させて、仕上げに俺らの老化のシミュレーションまでしてくれるのだろうけども。
「先に行って、待ってるぜ。」
と言って、「守護聖なんて、ガラじゃねーよ」の悪態の通り、さっさと先に守護聖の役割を終えたレオナードに、俺の守護聖の任期の終わりが分かったはずはない。・・・ないのに、レオナードが役割を終えた直後から、俺のサクリアもつられるように萎んでいき、陛下とレイチェルに「仲良すぎ」と苦笑されてほとんどレオナードを追うように退任に至った。
退任に至ってから、独りごちた。
「待ってるぜ?・・・って、どこでやねんな??」
結局、レオナードが降りた惑星を、ほとんど手がかりもなしに探す羽目になった。多少財閥のネットワークも使いながら、突き止めた先は、小さな・・・文明レベルから言って、惑星の生命かヒトの歴史かのどちらかを終わらせようとしている、草臥れた星。文明レベルに相応しく、惑星内の国家は統一されておらず、その中でも特に小さく非力な島国の・・・レオナードが住んでいた場所は、古い『団地』なる、集合住宅。金銭管理もせずに、バーテンダーとして、なんとか食べているといった様子だった。バーテンという職業が、この小さな島国にも在って良かったと思う。おそらく、それが無理なら、レオナードにできる仕事は用心棒くらいだったに違いない。
久々に会ったはずの、場合によってはもう会えなかったかもしれなかった男は、丁度再会の時、明け方の店じまいのタイミングだったらしく、汚く臭い裏路地で、ゴミ出しをしていた。タバコを銜えて。
男は、苦労してやっと見つけ出したという体だったはずの、俺の姿を認めると、当然のように目を細めて、
「よぉ。お帰り。」
と言って、銜えタバコもそのままに、腕を広げた。余り在るツッコミどころをスルーして、「なんてかっこいーんや」と感動してしまった俺に、今会いにいけるものなら、会いにいき、殴りつけて説教してやりたい。
住み始めると、なかなかこの小さな島国・・・それも、この『団地』なる場所はとても居心地が良い。妙に治安が良く、団地に住む人々は、しばしば在宅中は鍵を掛けずに大きく扉を開け放し、換気をしたりしている。最初はギョッとしたが、誰も何も言わない様子を見るに、強盗に押し入るような輩はそれほど多くないのだろう。湿度の高いこの気候には、強盗の心配さえなければ、確かに合理的な換気方法だ。「ご近所付き合い」といって、色々な物を交換し合う文化も特徴的だ。ほとんど毎日、誰かしらに声を掛けられ、何かしらを頂戴する。そんなに沢山貰っても、食べ物でも、品物でも、処理しきれないんちゃうか、と一瞬思ったが、「お裾分け」なる方法で、お互いに貰い物を更に交換することで、皆円滑に生活できるようになっている。この時に、最近あった困った事等を聞いておくと、治安の更なる向上や、病気をした時に頼ったりできる人間関係が出来てきたりする。
今や、「D棟306のチャーリーさん」は、「夜のお仕事をするレオナードさん」を支える「出来た弟さん」ということになっている・・・らしい。
互いに、ただのチャーリーと、ただのレオナードになって。
それで、ここで、バーテン・レオナードさんと、小さなネットショップを数軒経営したり、個人事業主のおっさんらに経営の助言をするチャーリーさんになりつつある。
ふと、こんなに幸せで良いのだろうかと思う。
本当は、今も、俺とレオナードは守護聖のままで、これは単なる夢なんじゃ・・・とも思う。けれども、夢でもいい。これだけ現実味があって、毎日が続いているように感じて。それで十分。
ただ、明日もこんな風に過ごせたら良いと思って一日が終わり、ああ、今日も昨日のラッキーな夢の続きだと思って、目が覚める。それで十分。
「うまかった。ごちそーさん。」
言いながら、器用に左手の上にちゃぶ台上の皿をホテルのサービスマンの要領で全て乗せ、キッチンに運び込むと、レオナードが洗い物を始める。夜の食事の片付けは俺が、朝食兼昼飯の後片付けはレオナードが・・・決めた訳ではないが、自然とそうなっている。さっきまで俺が付けていたエプロンを、流しに付けているフックから取って、今度はレオナードが付ける。
それをちゃぶ台に肩肘乗せて、ぼーっと眺めてから、思い出して、ダスターを取りにキッチンに行き、レオナードの横から流しに手を出して、ダスターを濡らし、絞る。顔が近づいたタイミングで、レオナードが俺の頬をびしょびしょの手で引き寄せ、キスをする。
「だー!濡れる!!」
と暴れると、ニヤリと意地悪く笑って、ガシっと顎を力任せに掴まれて、舌をねじ込まれる。無精髭が頬を掠める感覚。ぬるり、と忍び寄る舌は、上顎を舌先で掠め、乱雑に俺の舌を掬いとって、啜る。奪われる事に慣れている身体が、その自分勝手な舌を受入れるための体勢に入っていくのを脳裏で叱咤しながら、けれども、手に持っていたダスターを、力が抜けて、結局流しに落としてしまう。ザーザーと蛇口からは大量の水が流れっぱなし。あーあ、勿体ない・・・思いながらも、俺の腰を引き寄せる腕の感触を、身体は嬉々として受入れている。
「はっ・・・ぁ・・・。」
角度も変えずに、長い事俺の舌を貪り食っていた男は、やっと俺の唇を解放する。息継ぎもままならないキスに、思わず漏れた吐息に、
「エッロい声出すなよ。皿洗いに戻れなくなるだろーが。」
等と、低めた声で耳に吹き込んでくる。「どっちがや!!」と言いたいが、あまりに腰に来る声で、それすらままならないのが、実に忌々しい。言葉とは裏腹に、機嫌良さそうに皿洗いに戻った男に、腹立ち紛れに、一度絞ったはずが、再びビチョビチョになっているダスターを、力の限り絞ってやる。
ちゃぶ台を綺麗にして、上に乗せていた調味料等も全て片付け、少し位置をずらす。皿洗いを終えてエプロンを外し、戻ってきた男は、早速ビデオ鑑賞をおっ始めるためにガチャコ、と音をさせながらテレビを弄っている。タイトルも確認せずに、ジャケットだけで選んで借りてこられるビデオは、ジャンルも俳優もいつもバラバラ。ぎゅるぎゅると音をさせて、冒頭のCMを飛ばすと、一番見やすい辺りに座布団を敷いて、どっかと胡座を掻き、タバコに再び火を付ける。俺はその胡座に頭を乗せて寝転がり、テレビを見上げる。
・・・いつの間にか、仲良く寝落ちしていたことに気づき、腕時計を確認すると、もう夕飯の時間だ。ビデオはとっくの昔に終わっていたようで、黒い画面に「ビデオ」の緑の文字が浮かんでいた。
レオナードの仕事の時間に合わせ、昼食は遅く、夕飯は早い。食べきれなかったら冷凍しとこ、と思いながら、たこ焼きの準備を始める。まだ畳の上で座布団を枕に寝入っている男をよっこらせ、と転がしてどかし、ちゃぶ台を食事の時の定位置に戻す。流しの上の棚からホットプレートを取り出し、たこ焼き用のアタッチメントをセットして、ちゃぶ台の上に。キッチンに戻って、冷凍してあった長芋のペーストをジップロックしたものを、ポットの湯で解凍しながら、買っておいたゆでだこを一口サイズに切り揃え、キャベツをみじん切りにする。冷蔵庫から取り出したペットボトル入りのだし汁をボウルにあけ、小麦粉と、卵、にぼし粉を調整して。これまた冷凍してあった刻み青ネギやら天かすやらと、キャベツのみじん切りをパラパラと加えて、換気扇を回してから、ちゃぶ台に移動し、プレートを暖めて、油をたっぷりと引き、キッチンペーパーで馴染ませる。切ったゆでだこを、たこ焼きプレートに投入するジュ、という音でレオナードが目を覚ました。
「んー。もう晩飯か。・・・ってか、たこ焼きじゃねーか!俺様が焼いてやろう!!」
寝起きはいつも最悪なはずの男は、何故か目を輝かせて、「頂戴」とばかりに掌を差し出す。苦笑しながらたこ焼きピックを渡し、俺は俺で、生地を溢れんばかりに流し込んでいく。早速ピックで生地を触ろうとする男に、「わー!!ちゃうちゃう!!周りが固まるまで触ったらあかん!」と、慌てて止める。天かすや青ネギを追加で投入しながら、頃合いを待って、ピックを持ったレオナードの手を取り、肩に手を回して、触り方を教える。何度か俺が焼いているのを見たことがあるせいか、ちょっと教えると、すぐに要領を得て、レオナードはクルクルと生地を回し始める。
「なかなか上手いやないの。」
「やっぱ俺様は何をやらせても天才だな!」
「教え方がいーんですぅ!」
ケラケラと笑い合いながら、一旦プレートを休め、焼き上がったたこ焼きを皿に取り、おたふくソースとマヨネーズで味付けして、ハフハフと頬張る。
「あっつ!舌火傷した!」
最後の一つに、もう流石に冷めているだろうと油断して、早速やらかした俺に、
「どれどれ、口開けてみな?」
レオナードが俺の顎に手を添えて、口の中の様子を確かめる。舌を出してから、見てどーすんねん、と内心で苦笑して突っ込んだ所で、レオナードが突然、顔を寄せて舌を絡めてくる。『甘ったるいソース味のキス』と、ゲラゲラと笑い出しそうになるのを堪えて受け止めている内に、キスは段々本気モードになってくる。ギブ!ギブ!!の合図で懸命にレオナードの肩を叩くが、キスは濃厚になる一方で、いつの間にかガッチリと腰と背に両手が回っている。逃れようと、背を仰け反らせたはずが、いつの間にやら押し倒されてしまう。やっと離れた唇に、酸欠になりながら、非難の声を上げようとして、
「フランシスによると。」
と、らしくない、まるで何かの事件の真相を語るかのような、真面目な声音に阻まれる。
「・・・はぁ?」
呆気に取られて間抜けな声を出す俺に、真剣な表情を崩し、ニヤリ、と口の端を上げる男が見下ろす。
「食欲と性欲は、紙一重なんだそうだ。」
「どーゆー理屈ッ・・・・!!」
レオナードの右手が、しっかりと俺の右手に絡まって、畳に体重をかけて固定してくる。
「理屈ぅ?理屈なんか、要るかよ?」
ペロリ、と唇を舐める男の目に、捕食者の輝きを見て、『アンタがゆうたんやろが!』の反論は唇から出る前に、ゾク、という下腹の疼きに掻き消されてしまった。喰われたい、なんて思いたくない。思いたくないのに、身体は欲望に忠実で、俺は身体に忠実で。それで、心は・・・。
「俺の負け。この前みたく、連続3ラウンドは堪忍してや?」
心は、目の前の男に、捕われている。
「ア、カン・・・て。」
放出直後の雄身を、離そうとしない男の手から逃れようと、腰を捻って匍匐前身しかかるのに、両手で腰を掴まれて、引き寄せられる。事後の気怠い身体には力が入らず、ズルズルとなすがままに畳の上を引きずられる。片足を高く持ち上げられて、まだ先ほどまで受入れていた男の熱さにひくついている入り口に、再び堅くなったモノがずるぅ、と押し入ってくる。
「あ・・・、あ・・・、あ・・・。」
体勢が変わって、より深い部分まで、抉られる。条件反射のように、もう出す物もないだろうに、懲りずに自分の雄身が緩く頭を擡げ始めるのを、無骨な左手に捕まってしまう。緩く、感触を確かめるように、右手で俺の足、左手で雄身を掴んだまま、レオナードは緩く腰を振る。それだけで、達した時のように、瞼の裏が、チカチカと白くなる。
「あぁ・・・ふっ・・・。」
「はっ。ヤらしい・・・眺め・・・。」
瞼を薄く押し上げて、男の快楽に歪んだ顔を視界に収めて、もうこれ以上は上がらないだろうと思っていた体温が更に上がっていく。この男に快楽を与えているのは、確かに俺やという、この、奇妙な満足感・・・これは・・・なんというのだろう。
「クッ・・・ヤ、らしい・・・のは・・・。どっち、やと・・・アアッ!アゥッ!・・・ッ!!」
笑って言い返してやろうとして、寄った眉根を更にギュッと何かに耐えるように寄せた男に、激しく突き上げられて、叶わない。汗ばんだ互いの肌が、繋がった部分で、触れ合っては、名残惜しげに離れる。速度を上げていく注挿が、やがてガガガと荒っぽい動きに変わり、辛うじてこびり付いて居た自我が、熱く爛れて消し炭のように吹っ飛んでいった。
ペチ、ペチ・・・。ペチ・・・、ペチ。
「おい。チャーリー。」
らしくもない、心配気な、不安そうな声音で、ぼわり、と意識が浮上する。重たい瞼をなんとか持ち上げると、ホッとしたような顔が、俺を覗き込んでいた。思わず、フッと吐息と共に笑ってしまう。
「すまん。やり過ぎた。」
優しい手つきで髪を掻き上げられる。目を伏せて、その感触を楽しんでから、
「そんなことより、遅刻せぇへんの?」
レオナードの助けを借りて、なんとか身体を起こすと、まだ、お互いに素っ裸のままだった。食事の途中でほったらかしになってしまったちゃぶ台を見やる。せめて、ラップを掛けておくべきだった、と髪を掻き上げ、膝を立てて溜め息を吐く。
「また催しちまうだろーが。服を着ろ、服を。それともシャワー先に浴びるか?」
バサ、と脱ぎ散らかした服を投げられて、どの口で言ってまんの、と苦笑する。また催されては体力が持たないので、気怠い手つきでなんとか服を身につけ、『シャワーはお先にどうぞ』と言外に言う。シャワーを浴びに向かったレオナードの均整の取れた後ろ姿をぼんやりと見送って、ぽてん、とまた畳に寝転がって頬を擦り付ける。
指図する奴なんか誰も居やしない
誰にも見つかる心配はない
そうさ 俺達のオクトパス・ガーデン
街角で聞いた、どこかトボケた調子のメロディが、奇妙に心に寄り添っている。程なく、烏の行水を終えて、バスタオルで髪を拭きながら、素っ裸で居間に戻ってきた男を、視線だけで見上げる。無精髭は剃られてツルツルになっている。
「そんな悲しい歌なんぞ歌わなくても、俺はお前を置いて死んだりしねーよ。」
悲しい歌?どこが・・・?
「ンなアホな事、心配してへんっちゅーの。」
呆れたように言うと、ニマァ、とだらし無く目の前で男前が崩れていく。
「そうしてると、単なるオッサンやな、アンタ・・・。」
うへぇ、と舌をだしかかったところで、男はドサッと脱力するような感じで近くに胡座を掻いて座り、ポン、ポン、と俺の背を優しく叩く。
「いつか、カフェでもしよか?」
と軽い調子で思いついて言えば、
「いーぜ、俺はウェイター、お前はキッチン。ジーさんになって、夜起きてられなくなっても、カフェなら安心だしな。」
気安い返事が返ってくる。
「それでBGMには調子外れの歌をかけて。サイドメニューには必ずたこ焼き。」
「客は少ない方が、営業時間も短い方がいいな。」
「なんでやねんな、商売にならへん。」
ムゥと唇を尖らせる俺に、ハッ、と吹き出すように笑って、「前言撤回。絶対喧嘩になるな。」等と宣いながら、男は仕事に行く支度を始めた。俺も身体を起こして、食卓の後片付けにかかる。作ってしまったタネを、上澄みの液を掬って捨ててから、再びプレートを暖めて、焼き始める準備をする。焼き上がったら冷凍して、仕事から帰ってきたレオナードと共にビールのツマミに食べるのだ。
支度を終えて、出かけようとするレオナードを、玄関まで見送って、第三ボタンまで開けられているシャツを「開け過ぎや」と呟きながら、第二ボタンまで締める。
「じゃ、行ってくる。」
の声に、
「はいな。」
答えれば、ちゅ、と髪の生え際に落とされるキス。
なぁ、俺らの人生が終わる、それまでの、もう少し。ほんのちょっとの間。
まだ、この夢の続きを見ていてもいいやろうか。
叫んで、歌って、泳いだりすればいい
指図する奴なんか誰も居やしない
誰にも見つかる心配はない
そうさ 水底のオクトパス・ガーデン
そうさ 俺達のオクトパス・ガーデン
終
textデータ一覧へ