二律背反
お前がお前でなかったら。きっともっと。事は、ずっと簡単だっただろうに。
なぜ、よりによって、お前だったのか。
それが、こうなった今も。俺には皆目、見当がつかない。
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特に何処へと決めたわけでもなく、頭を整理する為に、散歩をしていた。
ふいに途切れた林の向こうに、キラキラと太陽の光を反射する大きな湖。
何がどうという訳ではない。ただ・・・いくつかの惑星の軌道のズレとその影響を吸収するための対策と・・・そして俺とゼフェルのサクリアが少々過剰だったせいで、それらの問題を力ずくで解決しようとする星の民に対する啓蒙方法をひたすら考えていた脳の片隅で・・・
―あぁ、綺麗だな。
と思った。
―湖面の反射光が?いや、周囲の緑と陽の白と、深緑の水とのコントラストが?・・・いや・・・
白い生き物が、白昼の湖で水音を立てながら、流れるような動きで水面から出たり潜ったりしているのから、俺は目が離せなくなっていた。陽の光に透けるような白。水に溶けるような、青銀。ある一人の男がその色合いから連想されて、まさかな、とそれを打ち消す。あれは人間の動きじゃない。俺も、他のスポーツと同じく、水泳も得意な方だが、水中・水面で、あんな撓るような動きはありえんだろう・・・と、近づきつつも、そこを凝視する。
こっちの視線を感じたわけではあるまいが、その生き物はつつつ、とこちらに近寄ってきて、ぬるり、と頭を出した。俺の足先を認めてか、一瞬眉を顰めて、こちらを見上げる。水に濡れたせいで、ぺったりと後ろに撫でつけられたような頭のせいか、いつもよりもその切れ長の瞳がキツく感じる。そうか・・・あの柔らかい布の服も、ゆったりと伸ばすままにされているようなあの髪も、お前の、そのキツさを和らげる為かと思えば合点がいく。
「・・・・。」
「・・・・。」
おそらく、俺達は、同じような顰め面で、そのまま数秒間見つめ合って・・・いや、睨み合っていたに違いない。
睨み合うのに飽きた、とでもいうかのように、リュミエールは視線を一度そらし、両腕を使って一気に身体を引き上げる。なんと全裸だ。いくら聖地が春の陽気とはいえ、真っ昼間から素っ裸で水浴びとは、正気の沙汰とは思えん。俺は、ぎょっとして視線を逸らしてしまった自分を感じつつも、減らず口を叩く。
「さすがは水の守護聖殿・・・泳ぐ姿はさながら魚人だ!」
言っていて自分で笑ってしまう。魚人とは言い得て妙だ。確かにさっきの動きは魚人と言うより他あるまい。クックック、と喉が勝手に低く震える。
「お褒めに預かって光栄ですよ。一体全体、こんな人気のないところに何の用でいらしたんですか。・・・貴方も相当暇なようですね?」
その男は、ものの十数歩の距離に脱ぎ捨ててあった、だらっとした布の服を取り上げると、頭から一気に被る。濡れた身体、濡れた髪で被りやがるので、おそらく服は盛大に濡れただろう。男はそれを気にした様子もなく、どこから取り出したのか、服と同じ色の布製の髪留めで、肩口で緩く髪をまとめる。女のような顔、女のような細身でありながら、こういうときの所作は普段のように重ったるくなく、やたらとサバサバとしている。普段のアレはポーズなんだろうか、などと余計なことを考えながらも、ほとんど無意識に反論が口を吐く。
「いや?水の守護聖殿の暇さ加減には、さすがの俺も負けるというものだ。あぁ、念のために言うが、褒めていないぞ。全くな!」
腕を組んで着替えが終わったらしい男を身長差を使って見下ろす。男は、構うのも馬鹿馬鹿しいと言いたげに、小さな仕草で右手をふらりと振って、
「要件があるなら、要件に入って下さい。ないのなら・・・。」
不意に、こちらをしっかりとその深い蒼で見上げる。俺は、ぎくりと肩をこわばらせる。明るい太陽の下で見るコイツの「底なし」は、久々だ。コイツの瞳には遊色効果でもあるのだろうか?底なしの蒼は、ゆらりと揺れる。
「・・・ないのですか?」
能面のような無表情が、瞳をゆっくりと煩わしげに伏せる。俺は右の拳を握った。
「あぁ。ない。」
すっぱりと言い切り、唾を飲み込んでから、俺はその水底を真っ直ぐに見返す。と、まるで何かの痛みに耐えるように、今度は、リュミエールは顔を顰める。眉間に入った縦皺と、何かを耐えている瞳を眺めながら、「どうして、いつもこうなのだろう」と、ぼんやりと思った。
コイツの寝室で過ごす、土の曜日の不思議な空気。
コイツの・・・時折みせるようになった、屈託ない笑顔。
コイツの・・・水底の蒼。
それらに、どう感じてよいのか分からない。ただ、何かを・・・強烈な何かを感じている。
向こうも、何かを感じている。
ひどく心地の良い何かと、耐えようのない苦痛が混ざったような、この・・・奇妙な酩酊感。
一歩、ここから踏み外せば、何かが変わってしまうのではないかという、言いようのない不安。
これは、一体・・・・なんなんだ?
「フッ・・・フフ。」
奴の小さな苦笑にハッと我に返る。
「貴方の表情(かお)。手に取るように分かるときと、全く分からないときのどちらかですね?」
笑いの混じった声で、男は緩く自分の身を抱き、降り注ぐ陽光を振り返って、気持ち良さげに目を閉じる。
妙な画だ。現実感がない。午後の日は、もうそろそろ夕方を迎えようという微妙な色合い。男の白い顔も薄い色の髪も、その色を吸ってしまって、周囲と同化せんばかり。俺は、足下が頼りなく揺らぐような酩酊感に耐えて。
「会議の・・・今日の会議のことを、考えていた。」
無理矢理に出した声は、微妙に揺れる。パチ、と瑞々しい音がして、男の目が見開かれた。そして、クッフフッ・・・クックックッ・・・と肩が震える。
「仕事熱心なことです。惑星スレイダのことですね。結局どうするのです。」
笑いを途中で交えながら、男は楽しげな調子で言う。少しこちらに身体を向けて視線を流して、また太陽を受ける。その声の調子に些かほっとしながら、
「フ・・・ン。さぁな。それを考えている。軌道のズレを修正すれば、今の生産性をあの星は維持できん。だが・・・。」
「毎年の成長率を如何に大きくするかが、あの星の民の最大の関心事ですからね。それをそのまま伝えたのでは、民の生き方を全否定することになってしまいます。」
分かっているじゃないか、と思う。そう、この男は決して理解力が低いわけではない。会議に出れば大概その内容は一度で把握する。だからこそ、腹が立つ。
「分かっているなら代替案を出すくらいしたらどうだ。闇の方に肩入れするのは勝手だが、仕事のやりようまであの方のペースではな。」
ハン、と笑い飛ばす。
「・・・仕事と言えば、アウトプットを出すことだと勘違いされている首座の方に肩入れするのは貴方の勝手ですが。貴方までそんなに石頭になる必要もないでしょうに。」
男は、振り返って口の端を上げてみせる。
「なんだと?」
眉間に深い皺が寄るのを感じつつ、俺は奴の肘を掴んで引き寄せようとして・・・自ら懐に潜り込んできた奴の突然の反撃に、思わずバランスを崩す。とっとっと、と左足を一歩下げて、バランスを保とうとして、何故か、奴の片腕に背を支えられるような格好になる。唇が、上からゆっくりと落ちてきた。体重を全部かけるわけにもいかず。俺は、奴の肘を掴む手に力を込めつつ、後ろに反り返り気味の奇妙な姿勢を保つ。その間に、離れた唇がもう一度落ちる。ゆっくりと、背を支えていた奴の腕が地面へと近づき、反り返っていた俺はずるずるとそのまま地面に引き倒される。頭の脇で、ちくちくと短い草が耳の裏を刺さった。服が汚れちまうな、と気にしたこともないことをぼんやりと気にした。
「おい。」
漫然と見上げて問えば、
「なんですか。」
憮然と返される。
「こんなところでするのか。」
もっと他に問うことがあったような気がするのに、散漫になった思考は要領を得ずに意味不明なことを聞く。いや・・・あるいは・・・もしかしたら大事なことかも知れん。
「・・・・いけませんか。」
誰も来ないだろう。聖地だって結構長くなるのに、俺だってこんなところ、来たこと無かった。どうやら此処が行きつけらしいコイツが気にしていないのだ。・・・いや待てよ・・・。
後ろに撫でつけられていた奴の髪が、重力で俺の顔の脇に一房落ちる。白い額。寝転がっていれば、酩酊感に足を踏ん張る必要もないのだ。
―いっそ、このまま。
唇の先が触れるかふれないかのギリギリの距離。近すぎる奴の顔は、全体が見渡せず。自然と視線は睫やら眉やら、額やらと部位を鑑賞する。どこも男らしいところがないな。お前の顔は・・・思い至ったところで、視線が再び絡む。と、同時に、俺の胸元に置かれた手が、ぴくり、と動く。能面のような無表情が、また苦しげに歪む。
「なぜ・・・。」
小さく、唇が動き、そう言った。音は出ていなかったので、気のせいかも知れないが。
「おい。このままするなら、代替案を出せ。」
奴の顔が一瞬固まる。
「代替案だ。出せよ。」
視線を逸らさずに言えば、俺の顔の横で男は頬杖をつき、
「はぁ・・・。まぁ大した案など出ませんが。」
「いいから出せ。」
「・・・。」
ムッと音が出そうな若干コミカルな表情を混ぜて、奴は少しの間押し黙り、やがて口を開いた。
「あの星・・・スレイダには、王の伯母にあたる、テリスナという女性がいるでしょう。彼女は、あのギスギスした星には珍しく鳥瞰的な視点を持った人物で、民の信頼も厚い。彼女は側近にも恵まれています。」
・・・。
「話しが長い。もっと手短に言え。」
話の全容が見えつつも、確実な結論が先に知りたくなり、思わず言ってしまう。ムッ、と再び。音をさせながら、顔を更に顰めつつ、
「では結論を。私達が直接行って啓蒙するよりは、彼女を通して、数回啓蒙してからの方が、民は事態を受け入れやすいでしょう。彼の民は、どなたかに似て、無駄にプライドが高いようですから。」
最後に棘を混ぜて、若干早口で奴は言う。
「それだけでは、・・・・ンゥ・・・待て。・・・待、・・・。」
これまで、成長率に乱高下はありつつも、有史以来ずっと「成長」を続けてきた民が「成長しない・発展しない」という事態に起こすパニックへの対処がデザインされてないだろう・・・と文句を言いたいが、角度を変えつつ降らされる口づけの嵐に、既に言葉にならない。
「黙って。」
ニンマリと悪ガキのように笑うアイツは、珍しすぎる。
降らされるキスの嵐が収まったにも関わらず、その珍しさに、一瞬絶句してしまう。
隙をついて忍び入ってくる舌に、濡れた髪に手を差し入れ、こちらからも応える。擦り付けるように刺激すれば、下腹部にズク、と熱が溜まる。閉じた瞳を薄く開ければ、向こうも若干伏し目がちにしながら、こちらを見ている。あの底冷えする蒼が、熱を帯びて少し潤んでいるのを確認してから、きつく瞼を閉じる。一通り咥内を蹂躙して離れていく唇を見送りながら、口の周りを舌でゆっくりと拭う。
ジッと口元に刺すようなあからさまな視線を感じて、
「なんだ?」
聞けば、
「いえ・・・。」
奴が殊更ゆっくりと、自分の唇を舐め回して見せる。・・・誰がそんな・・・。見ていられずに、視線を逸らしてしまう。首筋に落ちる新たなキスに、
「くっ・・・そこは。」
抗議の声を上げれば、間髪入れず、
「吸いませんよ。」
笑みを含んだ応答が返る。ますますやるせなくなって、右の拳を瞼の上に乗せてなんとかやり過ごそうとするのに、無理矢理その手首を掴まれて、外される。こちらを覗き込むのは、色をますます深めたように感じてしまう、奈落の底の。
「ーーーー。」
唇が素早く動く。奈落の底の瞳に囚われて、唇が読めない。言葉の通じない生き物を相手にしているような感覚に陥り、足の先から脳天までを、ゾワゾワと悪寒が走る。
「な・・・ぜ。何故そんな目をする。もう・・・。」
―もう、お前はそこから解放されたはずじゃないのか。
思ってから、自答する。
―そこから?どこから??・・・一体、なんだというんだ!!
やけくそになって、頭を強引に引き寄せて口付け、身体の上下を無理矢理入れ替える。囚われていた右手も引き抜いて、逆に奴の手首を強く掴んで捉える。そのまま、地面に縫い付けるようにソレを押しつけて。
「んん・・・ハンッ・・・ンッ。」
舌は熱く、押しつけた身体に男の熱が伝わる。間違いなく、それはそこに在るはずの。
「腕が・・・痛みます。貴方と違って、頑丈ではないんですよ。こちらは。」
苦情を言いながら、瞳が伏せられる。
「そんな目を、するな。」
ギリギリと掴み上げていた腕の力を少し緩めて、俺は言う。少し呆れたように、力なく、男は俺を見上げて言う。
「貴方の方こそ、その目・・・やめたらどうですか。」
その目?
「どの目だ。」
「・・・それはこちらの台詞です。・・・誘っているのか、窘めているのか・・・どちらかにして頂けませんか?」
はぁ、と殊更深い溜息が吐かれる。
「・・・誰がっ・・・。」
「いつもそう言いますね?それは、どう解釈するのが妥当なんですか。照れですか?それとも、本当に言語を解釈する能力に欠けるのですか?」
矢継ぎ早に問う口調は、真面目そのものだが、内容は意味不明だ。
「お前はいったい、何を・・・。」
こちらも思わず真面目に問い返してしまう。
「堂々巡りですね。この問題は、保留にしましょう。埒があかない。私は先に進みます。」
淡々とした独り言のようなつぶやきの後、再び深い溜息が吐かれて。来ていた黒いシャツのボタンに奴の手が掛かる。知らないうちに、腕の戒めが緩くなっていたらしい。
「堂々巡り?それを言いたいのはこっちだ。」
服を脱がす作業に忙しいらしい男のその様が気に食わず、競うように、俺も奴の服をたくし上げにかかる。
「邪魔ですよ。じっとして下さい。」
「邪魔なのはそっちだろうが。」
揉み合うようにしてなんとか服を脱ぎ終わって、素っ裸のままに、奴の身体の上に乗り上げる。直接伝わる熱に、今度こそ、少なからず安心する。・・・が、
「重いです。身体を支えて。」
まるで嫌々だとでも言わんばかりの口調で命じられる。何かを言い返そうとして、口を動かそうとした瞬間に唇に人差し指を当てられて封じられ。仕方なしに、両腕で身体を支える。顎先に一度軽くチウ、とキス。尖った舌先が、喉仏の脇を通って、鎖骨をなぞり、肩に移動する。かぷり、と跡が残らないギリギリの力加減で甘噛みされれば、ぞくりと身体が反応する。小さな吐息で、奴が笑った感じがした。首を振るって、違う、と示す。舌先はお構いなしに、徘徊老人宜しく、行きつ戻りつを繰り返しながら、やがて胸の尖りにたどり着く。
「ふっ・・・」
堪えねば、と思っていたにも関わらず、突然ねっとりとした唇に先を挟まれて、声が漏れる。堪えねば、と唇をいっそう強く引き結ぶ。抵抗も空しく、奴の左手が参戦し、下半身を攻撃にかかる。最初は、やわり、と撫でるように。
「んっ・・・クッ・・・。」
一方的になされる愛撫、上げさせられる声に、羞恥が突然湧き上がってくる。口を塞ごうにも、反撃しようにも、体重を支えるために両腕が塞がっていて、どうにもならない。段々と遠慮が無くなる攻撃に、ペチャペチャと水っぽい音が下からも上からも鳴り始め、ますます、羞恥が高まって、気持ちのやり場がなくなってくる。プルプルと腕が震え、疲れているわけでもないのに、自重も支えられなくなってきた。バラバラに翻弄されていた上の感覚と下の感覚が、やがてリンクして、全身がジンジンと熱を持ってくる。
「辛いですか?」
ンなことを問われて、どう返答しろと言うのか。内心ブチ切れつつ、やけくそになって、奴の隣に横向きに倒れ込む。その動きに呼応して奴は俺の腰の上に馬乗りになる。上半身を起こして見下ろされるのは、あまり良い気分ではない。
「早くしろ。」
一度上げられた熱が少し冷めるのを感じながら。フン、と他所を向いて促す。
「下も上も、こんなにして。説得力がありませんよ?」
指先で胸の突起を潰されて、声を上げる間もなく、ビクン、と身体全体が跳ね上がる。下も白く細い指で戒められて、落ち着かない。
「五月蠅い。」
視線を合わせぬまま、吐き出すと、指先が鈴口を軽く引っ掻く。「ツッ・・・ゥッッ」痛かった訳ではないが、強い刺激に痛みに上がるときのような声が上がってしまう。指先はそのまま、裏筋を辿って、膨らみに行き着く。緩く緩く、全体を撫でられるのに、なんとか肩で息をしながら耐える。辛うじて耐えられたのは、そこまでだった。先走りをすくい取った指先が、二本同時に、膨らみと入り口の間をグリグリと擦りながら、後ろに向かう。拳を唇に当てているにも関わらず、「ハァッ・・・ァ、ァ・・・。」と息が声を伴って高まるのを止められない。まだ入ってもいないのに、後ろの内側がズクズクと熱を持ち、膿み始めているような感覚が俺を襲う。
ズキン、ズキン、ズキン、ズキン・・・
「また、息を詰めている・・・。吐いて下さい。」
少し困ったような声音に、促されるように息を絞り出す。深呼吸するようにうまくはいかないが、それでも吐かないよりはいくらかマシだ。ズル、リ・・・と二本の指が同時に中に進入する。
「クゥ・・・・ン・・・。な、んで、二本イキナリなんだ、よッ・・・。無茶しやが、て。」
思わず縮こまりそうになる四肢を、気力で押さえつけながら、悪態を吐く。
「でも傷つかずに入りました。」
少し得意気にも聞こえるその言いように、「結果論かよ」と俺はうんざりしながら、痛みと圧迫感を散らすことに集中する。だが、中に入り込んだ指は、馴染むのを待たずに、もぞもぞと蠢く。
「ムッ、ちゃ、すんな・・・てッ・・・。ハッ、ハァ、アアッ!!ハァッッ!」
奴の二の腕を思わず掴んで、動きを止めようとするが、早速、熱源を暴かれて腕から力が抜ける。グリ、グリ、と場所を確かめるように二度指先がそこを擦る。無茶苦茶するんじゃねぇ!と叫びたいが、突如湧き上がる射精感で、それどころではない。と、慌てたように、奴のもう片方の手が、俺の前を堰き止める。ビクン、ビクン、とまるでイってしまったときのように身体が跳ね上がるが、熱は解放されない。俺は思わず、前を押さえる奴の腕を取り払おうと藻掻く。
「んーーーーーっっ!!」
きつく瞑った瞼から、熱いものが一筋、勝手に流れ出る。
「勝手にイかれては困りますね。・・・こちらも、今日はそんなに持ちそうにないので。」
ほっとしたような声が上から勝手なことを言う。薄く目を開けて抗議しようとしたが、いつになく蒸気している頬と、これ以上なく寄った眉間の縦皺を見るなり、ドキン、と一際高く、心臓が鳴り。身体の芯がジ、ンと、いっそう熱を帯びる。
「どうしました?」
中の指を締め付けてしまったのか、奴が問う。
「しら、ん。」
勢いよく指を抜かれ、また鋭い放出の予感に腰が疼くが、相変わらず、前がふさがれていて、またも、腰が跳ねるだけのキツイ状態に追い込まれる。片方の手は前を押さえたまま、片手で膝裏を掴みあげられ、灼熱の塊のような、リュミエール自身が宛がわれる。また、無茶をされるのだろう、と思わず息を詰めるが、その衝撃はなかなか襲ってこない。不審に思って、うっすらと、また瞼を上げる。
「傷、が・・・。付きますよ、さすがに・・・。息を、吐いて下さい。」
何かを必死で堪えているような、微妙な声と、表情。余裕のなさではこれまででピカイチなソレに、奇妙な優越感が生まれ、フッ、と息が自然に吐き出された。
「クゥッッーーーーーーーーーッッッ!」
その絶妙なタイミングで、灼熱の塊が、ずぶずぶと根本まで押し込まれ。戒めが少し緩くなっていたらしい、俺の前から一気に白いものが吹き上げる。一瞬。頭が真っ白に吹き飛ぶ。・・・が、まだ根本まで押し込まれた熱の塊は、勢いを失っておらず。俺の放出が収まるのを待たずに、二度、三度と俺の身体を勢いよく貫く。ガクン、ガクン、と応えることもできぬ身体が木偶のように揺れ、「ゥ、ンッ・・・ア、ぁ・・・。」意味不明の呻きか悲鳴か分からぬような音が唇から零れ出る。すぐに、これ以上熱くは鳴るまいと思っていた内側に、追いかけるように熱のシャワーが吹き付けられる。
―ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア・・・・ッッッ!!!
「クッ・・・」と切羽詰まったようなリュミエールの声が、俺の「ア、ァ、ァ・・・。」という無意味語と被って聞こえて。そこで記憶がふつり、と途切れた。
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まさか自分まで、気を放るとは・・・・。
気がついて、少し焦る。ぐしゃり、と髪を掻き上げると、パラパラと髪に付いた短い草などが落ちた。知らないうちに、周囲は夕闇に包まれようとしている。ぐったりと裸で地面に横たわる男は、普段の子どものような寝顔ではなく、どこか憔悴している。持久力戦ではなかったはずだが、自分にも、いつにない、妙な疲労感があった。
投げ出された腕の先から、胸へとその男の身体の稜線を視線でなぞり、赤く熟れたような胸の印のところで止まる。ぷっくりと立ち上がって色づいていたソレと。私の行為を窘めるような・・・それでいて、誘うような、硝子玉の光を思い出して、ゾク、と身体の芯にまた熱が灯る。知らず、衝動を耐えるように口元を片手で押さえる。ザリ、と唇に砂が付く音と感触で我に返り、やれやれ、と溜息を吐く。
「水浴びをもう一度した方が良さそうですね。」
独りごちて、苦笑する。周囲に散らばっていた服を集めて、男の上に掛けてから、自分は水の中へと身体を浸す。昼間より下がった水温は、身体を最初は縛り付けるように、だがやがて包み込むように、芯から清める。水深のあるところを選び、ジャックナイフの要領で水底へと身体を進める。
脳が、芯から冷えるような、慣れた感覚。
たとえば・・・と思った。
それが、たとえば一対の剣と鞘のように。
互いが互いを必要とする姿であったなら。
きっともっと、事はずっと簡単であっただろうに、と。
私が、私でしかないように、貴方が、貴方でしかないように。
私達は、おそらく、互いを否定することでしか、そこに在れない。
私達以外の視点からは、どちらも必要とされている二つの事象に違いないのに。
私と貴方という視点からは、やはり・・・。
自分を否定する存在であるとしか。
それを、たとえば。
現れつつある感情を抑えるためのただの口実に過ぎないと一笑に付せば。
私達は、何か変えることができるのだろうか?
『どうすれば、いい』のか。
答えを・・・得ることが・・・?
ザバ、と音をさせて、一気に水から揚がる。それまで自在に操れていた身体が、急に、ぐったりと重りを纏わされたように、言うことをきかなくなる。煩わしさに、思わず顔を顰める。
「お前・・・そんなことをして、よく風邪をひかないな。陽気が良かったとはいえ、もう冷たい。」
突然。私よりもっと顰めた顔で声をかけられ、クス、と苦笑が鼻から漏れた。
「水の中より外の方が寒いです。少なくとも、私はそう感じる。」
汚れた身体を清めるのを、水の冷たさで男は断念したらしい。私は、その足下に転がっている服を拾って、頭から被る。慣れているとはいえ、邸に帰ったら、暖かい湯に浸かる時間を設けた方がよいだろう、などと考える。
「おい。」
服をきちんと身に纏ってしまった男の身体からは、情事の最中に見せる危うさや妖しさは微塵も感じない。ただ、その刺すような視線だけが。
「お前の代替案では、経済成長率に固執している民の挫折感への対処が抜けている。」
刺すような・・・その、硝子玉だけが。
「多少の対処で、それはどうにもならない問題でしょう?・・・強い信念があればあるほど・・・その挫折は深刻ですが、味わう価値も高い。」
私とは無縁のものですが、と付け加えようとしたが、
「たまにはお前も良い事を言う。」
思いがけない台詞に、阻まれた。ニヤリと男は片方の口の端を器用に持ちあげ、不敵に笑ってみせる。
「信念が固すぎて、ぽっきりと折れ、元に戻らない・・・なんてことがなければ、の話ですが。」
ふぅと呆れ混じりに言ってから、私はふらりと片手を上げて挨拶をし、その場を離れる。背後の気配で、男も「フン」と吐息混じりに来た道へと歩み始めるのを知る。
―何故、貴方でなければならないのか?
胸中で一度問うてから。
やがて、どうでもよくなって。
私はまた、やれやれ、と吐息に混ぜて笑った。
終。
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