移動中の相沢兄弟



「ねぇ,兄さん.」

と,僕が兄さんを呼ぶ.

「・・・.」

兄さんは,誰のスコアか知らないが,そいつに夢中らしく,視線をそこから外さず,返事もよこしちゃくれない.

「兄さん・・・.」

「・・・兄さんってば!!」

椅子に座った兄さんの真後ろに僕は立ち,腕を組んでほとんど叫ぶように兄さんを呼ぶ.

「あっ?・・・あぁ,どうした?聯.」

ガタン!と驚いて飛び跳ねるようにスコアから目を離した兄さんの動きに連動して,椅子まで飛び跳ねる.いや,驚きすぎ・・・つーかどんだけ集中してるのさ・・・.

「兄さん,僕を無視していいと思ってるの?」

悪戯をしかけるような気持ちで,椅子の背もたれに体重をかけ,仰ぐようにして僕を見上げる兄さんの顔を覗き込む.

「無視なんかしてない.」

むっとしたように,兄さんが眉間に皺を寄せる.端正な顔が,少し歪む.僕の好きな兄さんの表情(かお)だ.だからたまに困らせたくなるのかな?

「無視してたって.」

言いながら,クス,と鼻で嗤うと,

「・・・お前・・・そういうの,やめろと言ってるだろう・・・?」

そういうの・・・?いつも兄さんが言う,もっと年相応な顔をしろってやつかな?そんなこと言われたって,僕は自分じゃどんな顔してるかなんて分からないのに.

「兄さんが悪いんでしょ?」

片眉が上がってしまう.そうだよ.今だって,兄さんの顔も,伸びてる首も,シャツを乱暴に着崩しているから,ちょっと覗いている鎖骨も・・・

「聯?」

何より,その・・・声が.

暖かくて,柔らかい・・・兄さんの唇.

角度を変えて・・・

「んん・・・.」

答えちゃうんだ.兄さんは結構,快楽主義者だからなあ・・・.女の人と見れば,何故か名前とかスルスル覚えちゃうんだもんね.普段は物覚え最悪なくせに・・・.

あぁ,そんなに吸われたら,もっとこっちもやり返したくなるよ・・・.唾液が兄さんの口の端から伝わって,僕はそれを舌先で辿る.ビクッ,と兄さんが震える.兄さんの顎を左手でキュッと固定しながら,そのまま兄さんの顔の脇に顔を埋めるようにして,舌触りの良い輪郭を上へ上へと髪の生え際を通って・・・耳を吸う.

「フッゥ!!聯!擽ったぃだ・・・ろっ!」

また,ピクリと兄さんが動く.

「嘘つき・・・」

小さく耳に息を吹き込むようにして囁くと,

「こ・・・え!や・・・メッ・・・」

余計気持ちよくなっちゃったみたいで.

兄さんの声に,僕が惹きつけられるように,兄さんも,僕の声に惹かれるように出来てるのかな?もしそうなら・・・.あぁ,もし・・・そうなら.

僕は自分が調子に乗るのが分かった.ジィン,と下腹部から熱がわき上がってくる.右手を兄さんのカッターシャツの,首元から滑り込ませて・・・小さな,兄さんの右胸の突起に,指先が当たる.

「あれ?とんがってるよ?寒いの?」

囁きながら,それの周りをソロソロと撫でる.兄さんが小さく震えてる.変なの.いつも自信満々の僕の兄さん.なのに僕の指ごときで,どうしてこんなに頼りなく,震えるのさ?

「耳元で・・・言う,なっ・・・・ッァッン!」

鼻に抜けるような声.

何より・・・その声が.

何より・・・その存在が.

僕を,こんな風にするのに.


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「聯?・・・おい,聯!」

・・・.

兄さんの顔.僕の好きな.眉間に皺が寄ってる・・・.

「何ニヤニヤしてんだ?寝ぼけてるのか?」

え?

兄さんが,眉間に皺を寄せたまま,僕の額に少し乱暴に掌を当てる.

「少し熱いな.風邪か?」

ち,違う.たぶん・・・風邪じゃないよ.ちょっと・・・

「いや,ちょ・・・ちょっと変な夢みただけ.」

「変な夢?」

おかしいな.僕はちょっとブラコンの気はあるけど・・・だけど,至って「マトモ」な部類のはず.少なくとも,僕自身はそう信じてるんだけど.

兄さんがあんまり顔を覗き込むから,兄さんの前髪が僕の鼻さきを擽る.

「それは不味いよ・・・.兄さん.」

僕が片手で兄さんの肩先を押しやると,

「不味い?何が??」

ますます兄さんの眉間の皺が深くなる.

「今は会場に移動中.バスの中だ.ちゃんと思い出した.思い出したよ.僕は今ここにいる.」

「・・・?お前,本気で熱があるだろ,体調管理体調管理といつも俺に言うくせに・・・」

ここぞとばかり,反撃に出たな.僕があれやこれやと世話を焼かなきゃ,兄さんはコンサートの半分は体調不良で欠席だと思うのに・・・

しかも,今回の夢だって,兄さんのその,シャツの着こなしがそもそも悪いのに!

「何を不満そうにしてるんだ?」

ニヤニヤと兄さんが笑って声を低める.きっと今の僕は「年相応」の顔をしているに違いない.あぁ,余計に腹が立つ!・・・けど,その声が!!

「兄さんが,悪いんでしょ!!」

終。
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